2009年08月25日

ツーリストガイドですよ。


おくさんが熱を出してしまいました。
おとといの夜くらいから『のどが痛い。』といっていたのですが、今朝になって発熱。
先週はいろんなことがあったので疲れてしまったんだと思います。
たいしたことがなければいいんですけど。。。。

さて、昔の話です。
前の記事の続きのような感じですね。

ある日のこと。
いつものように接待でした。
いつものように食事をし、いつものようにカラオケへ。

そのころすでにマカティにカラオケがたくさんありました。
といっても、行く店は決まっていません。
工場長がカラオケ好きで、どこに行ってもボトルを入れていましたので、その日の気分です。
私は、本当に大事なお客さんのときだけ二次会をお供。
その日もそんなときだったんだと思います。

横に座ったお姉さんはかなりのベテランのようでした。
女性を選ぶのも面倒なのですべて店にお任せしていました。
いつものように、
『私はツーリストガイドだから・・・』
というと、しばらく考えていました。
そんなわけはないんですよね。
だって最後にお金を払うのは私なんですから・・・・・。

しばらくして女性が、
『カウンターのところに座っている人がいるでしょ?』
といいます。
『あの人がママさんだから、登録したらキックバックがもらえるよ。』
と教えてくれました。
どうやらツーリストガイドという話を本気にしたようです。
『へえ・・・。いくらもらえるの?』
『たぶん20〜25%はもらえると思う。』
そんなにくれるんですね。
『登録ってどうするの?』
『IDを持っていって名前を登録したらお店がカードをくれるよ。』
なんだか面倒です。

『そうなんだ・・・・・』
もちろん、登録なんかしません。

そうこうしているうちに夜も更けてきました。
『そろそろ帰るからチェックしてね・・・・』
『はい。』
お金を払うのは私です。
隣の女性、きょとんとしていました。
『なんでツーリストガイドがお金払うんだろう?』
しかも領収証まで要求しています。
不思議だったでしょうね。。。。



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2009年08月17日

そのころの接待のパターン


久々の更新です。
なんとなく書く気になれない日々が続いていました。
そろそろこのブログも限界かな?
といううわさはさておき(そんなうわさがあるのか?)、気が向いたときに更新を続けていきたいと思います。

今日は雨が降っています。
雨季なので仕方がないのですが、それにしても天候が不順で困ります。
数年前からアトピーと思われるような症状が・・・・・
雨季になると出てきます。
雨季は嫌い・・・・・・

さて、久しぶりに昔の話です。

工場に勤務していたころ、お客さんや出張者の接待が結構ありました。
食事はフィリピン料理のカマヤン。
カマヤンというのはタガログ語で手づかみのことです。
もともとフィリピン人は手づかみで料理を食べていました。
このレストランは高級フィリピン料理店なのですが、手づかみで食べることを奨励しています。
これを2代目バカ社長がすごく気に入っていました。
2代目バカ社長が一緒のときは手づかみで食べることを強要されます。

手づかみでご飯を食べるというのはそれなりのテクニックがいります。
人差し指と中指と薬指の3本でスプーンのようにご飯をすくいます。
このときに親指を少し添えます。
フィリピンのライスはぱらぱらなので、なれないとほとんどすくえません。

使うのは右手だけ。
といっても回教徒のように左手を絶対に使ってはいけないというわけではありません。
何回も接待のたびにやらされるものですから、工場の同僚はそれなりに上手になっていました。
私は、この手づかみで食べるという習慣は好きになれません。
わざわざ食べづらい方法で食べなくてもいいと思うんですけど・・・・。

話が長くなってしまいました。
手づかみの話をするつもりではなかったんですけど。。。

食事の後はカラオケに行きます。
お酒を飲まない私はカラオケもあまり好きではありません。
第一、酔っ払いがだいっ嫌いなのです。

そんなわけで、できるだけ二次会は逃げていました。
それでも3回に一回くらいは付き合わないわけにいきません。

カラオケに行くと女性が横に座ります。
お客さんにもそれぞれつくわけですので、後は彼女たちが接待役に早代わり。
こっちはお客から解放されるので、楽といえば楽。
ただ女性が変な子だったりすると大変です。
気を使わないといけません。
接待係の同僚は、すでに横の女性と自分の世界に突入。
私だけが気を使うという状態がよくありました。

女性と話すのはタガログ語。
『お名前は?』
『フィリピンは長いの?』
『どこに住んでいるの?』
『どんなお仕事?』
ワンパターンの質問です。
(そんなこと聞いてどうするんだ???)と思っていました。
こういうこと聞かれるのも嫌いなんです。

そこで一案。
『お名前は?』
適当なフィリピン人の名前を答えます。
友人の中には、聞かれるたびに「ヒデキマツイ」と答えていた人がいました。
そういえば、彼は今ころどうしているんだろう?

『お仕事は?』
私はツーリストガイド。
お客さんを連れてきただけだから、お客さんのほうを楽しませてあげてね。

これで放っておいてくれます。



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2009年06月08日

運び屋さん


昨日、久しぶりにゴルフにいきました。
気がついたら、5月は1ラウンドもやっていません。
今年に入ってからは、1月に続いて2回目です。
こんなにゴルフをしないことが続くなんて。。。
怪我をしたり、腰が痛かったりしたとき以外にはありません。

久しぶりのゴルフは、スコアはともかく18ホール歩くのがやっとの有様でした。
シャワーを浴びていすに腰をかけたらもう動きたくありません。
10分以上じっとしていたような気がします。
今朝、起きたら腰の辺りが重いし。。。

もう年なんでしょうね。
さあ、昔の話しと行きますか。。。

日本グロサリーのお店にはじめて入ったところまででしたね。
お店の名前は・・・
ちょっと内緒にしておきましょうか。
マニラに長い人ならすぐにわかっちゃいますね。
ヘリテージホテルの向かい、エドコンのビルの隣の端っこにあった小さな店です。

ご主人はまだ若い人(40くらいだったと思います)。
フィリピン人のおくさんと二人でこの店を始めました。
もともとは横浜で公務員をしていたそうです。
どういうわけかマニラに来て、エルミタでラーメン屋を開業。
その後、いろいろあってその店を開いたようです。

このお店、朝の2時までオープンしていました。
夜、家に帰ってちょっと日本のものがほしくなった時にフラッといってもまだ開いている・・・そんなことがうれしくて通うようになっていきました。
そればかりではありません。
結構、珍しいものをおいていました。
ご主人は、小太りマスターとでもしておきましょう。
名前をつけておかないと後でややこしくなりますよね。

小太りマスターは、その頃『運び屋』をやっていました。
運び屋というのは、日本食や日用品を日本から運んでくる人たちです。
日本にもフィリピングロサリーのお店ってありますよね。
小太りマスターは、フィリピンで小物を仕入れては日本にあるフィリピングロサリーのお店に運び、日本でいろいろ仕入れてフィリピンで売っていたというわけです。
日本料理屋から魚を頼まれたり、すしネタを納めたりと結構需要はあるみたいです。
ただ、年をとるとなかなかできません。
なんといっても1回300kgくらい運ぶのです。
その頃、小太りマスターは週に2回飛んでいました。
帰って来た時にお店にいくと和菓子とか日本の雑誌とかあまり手に入らないものがあります。
甘党の私には答えられません。
日本でないと手に入らないようなものも頼めばちゃんと買ってきてくれたのです。

奥さんも気さくな人で、うちのおくさんと気があっていました。
アテ・アテといって奥さんを立ててくれます。
あっ、アテというのはタガログ語でお姉さんのことですね。
万事家族的なフィリピンでは、自分より年上の女の人のことを敬意をこめてアテと呼びます。
ちなみに男の人はクヤです。
ちなみに私は会社でタタンと呼ばれていたことがあります。
これはお父さんのことですね。

話を戻しましょう。
小太りマスターにあうまで、『運び屋』という職業があることを知りませんでした。
運び屋というと拳銃や麻薬といったイメージがありますよね。
決してよい響きではありません。
ただ、いきのいい食材をすし屋で提供したりするには、この『運び屋』は欠かせません。
そんな意味では需要はあります。
しかも、往復で運べばかなり儲かるようでした。

ある日、帰って来たばかりの小太りマスターに会いました。
かなりヘロヘロになっています。
後ろから見ると右肩がガクッと下がっています。
肩の右と左で20cmくらい段差があるのです。
重いものを運ぶのでこうなっちゃうのよ。・・・そういってました。
元手もノウハウもあまりいらない仕事だけど、大変な肉体労働ですね。

小太りマスターは自分で運ぶ以外にも他の運び屋さんたちからも仕入れていました。
こうしたグループが2つくらいお店に出入りしていたのです。
ほぼ毎日のように新しいものがお店に運ばれてきました。
これ以外にもいくつか運び屋さんたちがいたみたいです。
今でもいます。



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2009年05月27日

出会いって不思議なもの。。。


月日が経つのは早いものです。
この前の土曜日は長女の18歳の誕生日でした。

女の子の18歳の誕生日はデブーといって盛大にお祝いします。
本場はヨーロッパのようです。
フィリピンでも相当なお金持ちになると、わざわざヨーロッパまで出かけていってデブーをするそうです。
デブーってなんだろうと思ったら、デビューなんですね。
18歳になって社交界にデビューするという意味のようです。

会場は、パッシグにある日本料理屋でした。
ここのご主人はもともとエドサ通りのヘリテージホテルの向かいで日本グロッサリーのお店をやっていた人です。
不思議な縁ですよね。

今日は、彼との出会いを書いてみたいと思います。

15〜6年前でしょうか?
バクラランにあるシーフードマーケットにいったときのことです。
ここは、新鮮なシーフードのお店がたくさん集まったところ、有名なバクラランの教会のすぐそばです。

たびたび登場する工場の副社長、結構まめな方で、日曜日には自分で魚を買いにこのマーケットまで出かけていきました。
南の海ならではの珍しい魚やスーパーなんかじゃ手に入らない新鮮な魚がたくさんあります。
近海もののマグロがあったとか、生きたラプラプを刺身にして食べたらうまかったとか、あわびを売っていたとか・・・、いろんな話をしてくれます。
もともと結婚したばかりの頃、この近くにすんでいたこともあって時々ここに買い物にはいっていました。
そのうち、自分で買い物に行くのも面倒になり、ご無沙汰していたのです。
『日曜日の朝にいってごらん。楽しいよ!』と副社長がよく言ってました。
そんな話を何度か聞いているうちに、気まぐれの虫が動き始めました。

ゴルフの予定のない日曜日。
おくさんと一緒にシーサイドマーケットに買い物に出かけました。
朝、ずいぶん早かった記憶があります。
うちのおくさん、マーケットにいくととにかく大量に買い込みます。
この癖はいまだにかわりません。
その日も、エビだのカニだの魚だの、さらに肉とか野菜とか買い込みました。
マーケットに2時間くらいいるのは当たり前です。

たくさん買いこんで帰路に着きました。
ロハスブルバードからエドサ通りをマカティのほうに曲がったとき、目新しい看板が目に入ってきました。
日本のグロッサリーを扱っているお店のようです。
『こんなところに日本グロッサリーができたよ。』
『あ、ホントだ。いってみようよ。』
おくさんはそういいましたが、生鮮食料品を買い込んだばかりです。
せっかくの新鮮な魚が悪くなってはいけません。
『また、今度来てみようよ。』
そういってその日は家に帰りました。

それからしばらくして、この店にいきました。
この日もマーケットの帰りだったと思います。
『ちょっとだけよってみようか?』
どうにもこの店が気になって仕方がありませんでした。
エドサ通りをユーターンして、店の前に車を停めます。
とても小さな店でした。
『いらっしゃいませ!』
中から日本人の男の人の声が聞こえてきました。
そして、ちょっと太った私よりもほんの少し年上のマスターが顔を出したのです。

これが彼との長い付き合いの始まりでした。

続きます。



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2009年05月13日

だまされた。。。


このところ変な天気が続いています。

すごく暑かったと思ったら突然土砂降りの雨が降ったりして。。。
傘を持っていても、車から降りて傘を刺すまでの間にかなりぬれてしまいます。
車に乗るときも同じです。
そのあと、エアコンで冷やされるものですから。。。

そんなことが何度か続いて、とうとう日曜日に熱を出してしまいました。
熱のせいか入れ歯が痛くて装着できません。
月曜日からずっとおかゆを食べています。
ようやく熱が下がって、口の痛みもだいぶひいてきました。
おかゆも後一回でいいかな?

そういえば、今日歯医者に行くことになっていました。
夕方、入れ歯を修理に出します。
修理に3日間。
やっぱりおかゆですね。

おかゆばかりじゃ力も出ません。
やせちゃいそうですね。
(* ̄m ̄) ププッ

さて、気を取り直して昔の話です。
前回の続きです。

なぞの老人、ダイキャストの金型やさんに出資する人を見つけてきました。
あいだに立ったのは旅行代理店の社長さんです。

そうです。
以前に書いたバコロド旅行をご一緒した社長さんです。
なぞの老人の住んでいたコンドミニウムとこの旅行代理店は道路を挟んだ反対側にありました。
はじめは誰かの紹介であったらしいのですが、なぞの老人が足しげく遊びに行くようになって意気投合したようです。
話好きでお人よしの旅行代理店の社長、なぞの老人を『先生。先生。』としたっていました。

どんな話をしたのかはよくわかりませんが、旅行代理店の社長が奥様のお父さんの知り合いのスポンサーを紹介したようでした。
この方、それほどの大金持ちというわけでなく、真面目にこつこつとお金を貯めていたようです。
日本人がきちんとしている会社ならということで、出資に応じたようです。
もちろん、計算はちゃんとしていたはずだと思います。

ところが、このだらしのない社長は、相変わらずの体たらくでせっかく出資してもらったお金もあっという間にそこをついてしまいました。
もともとお客さんがはっきり決まっていたわけでもありません。
出てくれば何とかなるだろう的な発想ではこの国ではなかなかうまくいかないものです。
最初3人いた日本人もどこかにいってしまっていました。
懲りない社長、また自分の経営責任を棚に上げて追加出資をお願いしたようです。
出資者も一度は応じたような記憶がありますが、その辺は定かではありません。
それでも泣かず飛ばずの状態が続いていました。

業を煮やした出資者が金を返せと言い出しました。
当初の約束とずいぶん違う状態になってしまったので仕方のないことです。
社長のほうは、いろいろと努力をしていたようですがどうにもなりません。
そんなある日、出資者が工場を強制的にロックアウトしてしまいました。
これにはどうにもなりません。
出資者は、工場を切り売りしてでも何とか出資分を回収しようと躍起になっていたのです。
会社はすでにそういう状態にまで追い込まれてしまっていたようでした。
それまでの間に何度も話し合いがもたれたことも間違いなくあったようです。

『だまされた・・・』
社長は言いましたが、決してそうではありません。
出資者にしてみてもだまされたと思っているはずです。
フィリピンでよくだまされたという話を耳にしますけど、中にはこういうどっちもどっちというケースがあるものです。
人の話は一方からだけ聞いていたら本当のことはわかりません。
気をつけたいものですね。。。




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2009年05月06日

ダイキャストの金型やさん

ほぼ1ヶ月ぶりの更新になってしまいました。
サボり癖がついてしまったようで。。。
f(^_^; スンマセン

さて、時間はたってしまいましたが、この前の続きです。

副社長と工場にいってからしばらく音信が途絶えました。
ダイキャストやさん、かなり経営が苦しかったようです。
なぞの老人がやってきていいました。
『あの社長には困ったものだ。。。』
職人肌の社長さん。
たまに仕事が入って金型を作ります。
お客さんができばえを気に入ってほめますと、なんと値引きしてしまうんだそうです。
『よくできたんだったら堂々とお金もらえばいいのに。。。』
・・・これじゃあ、儲かるはずがありませんよね。

久しぶりに社長がわが社にやってきました。
『大変だったんですよ。』
顔に斜めに傷が走っています。
『どうしたんですか?』
なんと交通事故にあったそうです。
会社の帰り。
納期の迫った仕事があって遅くまで仕事をしていたようです。
その頃、まだフィリピン人の職人さんは戦力になっていません。
日本人の社員もなんだかやる気なし。
どうやらまともに給料も払っていませんでした。
給料ももらえずに一生懸命働く人いませんよね。
そんなわけで自ら遅くまで仕事。
帰りに居眠り運転で交通事故をやってしまったようです。

マカティメディカルセンターにしばらく入院していました。
そんな時に大変ですよね。
とにかくついていません。

さて、この社長、パートナーに追加出資を依頼しました。
パートナーは当然追加出資には応じません。
自分の経営手腕がなく予想外に経営が悪化したのを棚に上げて、パートナーが追加出資に応じないことを怒っていました。
(どう考えてもお前が悪い。)
そう思いましたけど、そんなことはいいません。
『それは大変だね。。。』
副社長も同じ思いでした。

『誰か出資してくれる人いませんかね?』
条件を聞いたらあまりにも虫がいい話。
(そんな話に乗るやついねえよ。)
と思いましたが、
『うちは無理ですけど、誰かいい人が見つかるといいですね。』
お愛想です。
もう先が見えました。

『そろそろ付き合うの考えないといけないですね。』
交通事故にあった社長が帰ったあと、副社長と話しました。
『あそこにあるマシニングセンター、手にはいんないかな?!』
この人も職人さんです。
(≧∇≦)/ ハハハ




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2009年04月07日

工場にいってみました。

暑くなってきました。
フィリピンもいよいよ夏本番という感じになってきましたね。
ゴルフも大変です。
昨日の月曜日が祝日でしたので、日曜日の月例会と続けてラウンドしました。
2日連荘のゴルフは堪えます。
へろへろになってしまいました。

最近、パットに悩んでいます。
打てないんです。
1mくらいのパットすら届きません。
イップスってこんな感じなんでしょうかね?
なんか、高級な感じがしますね。
イップス。。。

これからはゴルフじゃなくて釣りのシーズンですね。
クラブを釣竿に持ち替えて。。。
大物釣りたいものです。

さて、昔の話しと行きましょうか。

なぞの老人がコンサルタントをしていた会社の話です。
先日の記事ではプレスの金型やさんと書きましたが、よく考えてみたら違っていました。
ダイキャストの金型やさんです。
アルミを流し込むヤツですね。

『一度、工場を見せてください。』
副社長がそういいました。

なぞの老人とこの社長が帰った翌日。
『工場、見に行こうか?』
昨日の今日ですよ。
副社長、新聞を読むのにも飽きて、退屈していたようです。
工場は目と鼻の先です。
車でいったら15分くらいです。
『いいですよ。連絡してみましょう。』
そういって、電話をかけてみました。

『昨日の今日でなんですけど、工場を見に行かせていただいてもいいですか?』
向こうもヒマだったようです。
やっと工場ができて機械が入ったばかりで、仕事も余りありません。
『大歓迎です。ぜひ見に来てください。』
『よろしくお願いします。』

昼食の後、雑談を終えて出発です。
2時頃だったでしょうか。
かばんを持っています。
『俺はそのまま帰るからな!』
『じゃあ、私も。。。』
サボるための口実だったようです。
『じゃあ、2台で行こう!』
なんともはや。。。

工場に着きました。
セキュリティガードに社長に会いに来たというと、しばらく待たされました。
事務所に確認にいっています。
工場は、まだ完成したとはいえません。
足場が残ったりしていました。
ガードが走ってやって来て通してくれました。
どうやら、内線電話もまだ通じていなかったようです。

目に付いたのは大型のマシニングセンター。
三次元測定器もありました。
『いいな。これ。。。』
副社長、ご満悦です。




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2009年03月31日

謎は深まるばかりでした。


おかげさまで入れ歯完成しました。
入れ歯ができるまでの2日間、結局おかゆを食べていました。
この入れ歯ができるまでの間に仮の入れ歯というのを作ってあったので、これを装着すれば何とか過ごせるだろうと思っていたのですが、いざ装着してものを食べてみると痛くてどうにもなりません。
いつの間にか歯茎が変わってしまっているのですね。
作った当時はぴったりしていた入れ歯ですが、いまはゆるゆるでどうにもなりません。
ポリデントをべったり付けてみたのですが、結果は同じこと。
食べている最中に外れてしまうのです。
なので、おかゆで2日間過ごしました。
いやですね。

土曜日は長女の卒業式でした。
いつの間にか大きくなったものです。
私が年をとるのは当たり前ですね。

日曜日は卒業パーティ。
私は二女と三女を釣れて魚釣りに行ってきました。
昨日の朝、起きてきた長女に『夕べ何時に帰って来たんだ?』と聞いたところ、3時という返事が帰ってきました。
『この不良娘め!』
というと、
『へへへ』
と笑っていました。
下に降りていくと、友達ふたりと朝ごはんを食べていました。
どうやら二人を家に泊めたようです。
これから大学はばらばらになってしまいます。
いつまでもよい友達でいてほしいものです。
彼女の大切な財産ですから。。。

さて、昔の話しと行きましょうか。
前回の続きです。

再会したなぞの老人の家に御呼ばれしました。
家族も一緒です。
まだ二女がよちよち歩きだったと思います。
三女はまだ産まれていません。

老人の家はマカティのレガスピビレッジのコンドミニウムの一室でした。
何階だったか忘れましたが、エレベーターを降りて一番奥の部屋でした。
ベルを鳴らすと、すぐに返事があり、なぞの老人がニコニコしながら『いらっしゃい。』といってドアを開けてくれました。
部屋は1ベッドルーム、日本風にいえば1LDKというのでしょうか?
キッチンと広いリビングがあって、奥にベッドルームがありました。
『おばちゃん、おばちゃん。』
老人がメードのような女性を呼びました。
『これがうちのおくさんです。』
メードかと思ったその女性はなんとおくさんでした。
奥から男の子が出てきました。
62歳の時にできた子供だそうです。

どうやら、メードとして雇っていたこの女性に手をつけてしまったようです。
そして、できるはずがないと思っていた子供ができてしまいました。
女性はずっと黙っていたそうです。
『下ろせ』といわれるのが怖かったんでしょうね。
気がつくとすでに下ろせない時期になってしまっていたそうです。
・・・たぶん、そんな話なんだろうと思いました。
子供は元気な男の子。
ちょうど私の長女と同じ年でした。
おくさんは私のおくさんよりも5歳くらい年上の女性。
レイテ島の出身で、見た目はともかくとても優しい方でした。
おくさんどうし、仲良く話を始めました。

うちのおくさんは、結構人見知りです。
気に入らない人とはなかなか仲良くできません。
なぞの老人のおくさんのようなシンプルな人ならOKなのです。

こうして、我が家となぞの老人家との付き合いが始まっていきました。

仲良くなっていくと、なぞの老人はますますなぞでした。
お箸をまともに使えません。
普通、はし先は小指のほうに出ますよね。
彼の場合は逆で、親指のほうにはし先が出ます。
それで器用にご飯をつかみます。
肉以外のものはほとんど食べません。

経歴はもっとなぞでした。
CIAの職員として朝鮮戦争に従軍したとかいっています。
また、UP(フィリピン大学)の教授もしていたといいます。
それはCIAの工作のひとつで仮の職業だったそうです。
どこまでが本当なのか・・・
なぞは深まるばかりでした。



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2009年03月23日

なぞの老人との再会


歯医者に行ってきました。
入れ歯の修理です。
・・・といっても壊れたのは入れ歯ではありません。
残っていた歯が、一本だめになりました。
治療の甲斐空しく、ついに帰らぬものとなってしまいました。

というわけで、入れ歯に歯を一本追加です。
今日は、型を取ってきました。

出来上がりに3日ほどかかるそうです。
水曜日に何とかしてほしいとお願いをしました。
なんとかなりそうです。

出来上がるまでの間、入れ歯がありません。
以前に使っていた仮の入れ歯を引っ張り出しました。
パンを食べてみたのですが、入れ歯が変にあたって痛い。。。
仕方がないですね。
我慢しましょう。
・・・水曜日までの辛抱です。

気を取り直して昔の話しと行きましょう。

なぞの老人が帰ってきているらしいよ。
前に勤めていた建設会社の後輩からそんな話を聞きました。
上司とそりが合わずに雇用契約を打ち切られ、逆切れしてお客のところに乗り込んでいった、あのなぞの老人です。
どうやらいったん日本に帰ったもののいい仕事も見つからず、そのままフィリピンに帰ってきていたようです。

このご老人、私の父親と同い年です。
生まれも同郷で、妙に親近感を抱いていました。
先方も同じだったようです。

私が建設会社をやめて工場勤務しているというのを聞きつけて連絡を取ってきました。
フィリピン人の教え子と一緒に建設機材のリース業を始めたそうです。
その縁で、いくつかの工場のコンサルタントをしていました。
建設会社にも席があったりして、相変わらずなぞの多い人でした。

『久しぶりですね。一度お会いしましょう。』
そんな話になって、工場にやってきました。
一緒にやってきたのがプレスの金型やさんです。
どうもこの工場の建設を老人に関係する建設会社が施工して、そのまま面倒を見ていたようです。

『いろいろと大変でした。』
副社長と二人であった時にこの社長が切り出しました。
日本の中小企業の貸付を受けるはずだったのが、途中でうまくいかなくなったりして大変な思いをしたようです。
仕事をもらえるはずだったお客からも立ち上げが伸びたために注文をもらえず。
資金繰りも厳しいような状態だったようです。
『何か仕事ないですか?』
そんなワラにもすがる思いだったんでしょう。

よく知りませんでしたが、プレスの金型とプラスチックの金型は作り方がぜんぜん違うそうです。
『うちの仕事を出して上げられればいいんだけど・・・』
こういう困った人を見ると見ていられないのが副社長。
『とりあえず工場を見せてください。』
工場はすぐそばでしたので、後日伺う約束をしました。
金属加工ですので、工作機械の種類によっては力になれるかもしれないと考えたようです。

それから数日後、なぞの老人から招待を受けました。
『一度、家に遊びに来てください。』
そういうのです。
会社が休みだった土曜日、お言葉に甘えてお邪魔しました。

そこで。。。

さて、今日はこの辺にしておきましょうか。
(ひっぱりますね)
(≧∇≦)/ ハハハ



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2009年03月19日

やはりいいものでした。


またもや更新が遅くなってしまいました。
どうにもいけませんね。

この前、年齢を感じてしまう出来事がありました。
娘とテニスをしていた時に、ボールを追いかけて転んでしまったのです。
イメージでは、簡単に追いついてきれいなバックハンドでリターン。
現実は足がもつれて転倒。。。

前のめりに倒れてしまいました。
ラケットに乗ってしまったおかげで、顔と胸を打撲。
左の乳首の脇に青あざができてしまいました。
さらに、右足も打撲。
ひざをすりむいてしまったのです。
しばらくは歩くのも足を引きずっていました。

いやはや。。。。
年をとったなあって感じですね。

火曜日、運転免許の更新に行ってきました。
申請書に身体の特徴を書く欄があります。
体つきは丸型。
肌の色は濃い目。
目の色はブラウン。
髪の色は・・・・・

はて、白髪交じりの黒は?
よくわからないので、『黒』にしておきました。
どちらかというと『ごま塩』なんですけど、そんなのはもちろんありません。

目も悪くなっていました。
初めて、『めがねを使用』と書かれたのです。
しかたないですね。

さて、昔の話しと行きましょう。
前回の続きです。

所長に電話をして、会いにいきました。
昔勤めていた事務所です。
時間は、5時を少し回った頃です。

私が採用した秘書が、飛んできました。
『久しぶり。元気ですか?いまは何しているの?・・・』
質問攻めです。
簡単に答えて、
『所長いる?』
ときくと、
『ハイ、さっきからお待ちです。』

ノックして所長室のドアを開けると懐かしい顔が笑顔で迎えてくれました。
『どーもどーも、お元気ですか?』
心なしか口調が丁寧になっています。
お客の会社にいったからって、丁寧にならなくてもいいのに。。。
そんな風に思ったような気がします。
『ご無沙汰しています。』
挨拶をしてから、簡単に話を始めました。

『そうか。。。そんなふうにいってたか。どうしたわけか、あいつが行きたがらないんだよね。』
あいつというのは現地採用の営業担当者です。
腰が軽くて、どこにでもほいほい出かけていく人が、行きたがらないというのは不思議です。
『お願いします。顔を出してくださいよ。仕事がよそに行っちゃいますよ。』
『わかった。』
『それにしてもわざわざ来てくれてうれしい。会社を辞めてからも心配してきてくれるなんて。。。』
よほどうれしかったようです。

こんな風に歓迎してくれて、私のほうもうれしく思いました。
『ご飯でも食べに行こうか?』
そのまま食事にいって、昔話に花を咲かせました。

それから・・・・。
結局、この営業担当者はお客のところにいきませんでした。
その後、社長からもう一度催促。
『どうしても行きたがらない。。。』
それでおしまいです。
いったい何があったんでしょうね。
こまったものです。




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2009年03月09日

突然、得意先の社長がやってきて。。。〜その1〜


ずいぶんと更新をサボってしまいました。
<(。_。)> モウシワケナイ

少し仕事が立て込んでいました。
仕事といっても明るい話ではなく、気が重くなる仕事です。
しかも、担当者に当事者意識が薄いもので、細かいところまで気を配ってあげなければなりません。
ようやく先週かたがついたというところです。
そんなわけで、ブログを更新する気力も起きず・・・
いやはや、ちょっと疲れました。
一段落着いたので、これからはちゃんと更新していこうと思います。

そんなわけで昔の話です。

ある日の午後のことでした。
接客中の副社長から呼ばれました。
社長室に入っていくと、お得意様の社長がいました。
以前の建設会社にいた頃からの知り合いで、いろいろとお世話になった人でした。
『お久しぶりです。』
と、あいさつをすると
『元気そうだね。』
といってくれました。
2代目ボンボンばか社長は、この社長が苦手だったようです。
何かにつけてきついことをいわないと気がすまない人だったのです。
そんなわけで、私がこの工場に入社することをばか社長は報告していませんでした。
といっても、狭い日本人社会、うわさはすぐに流れてしまいます。
挨拶にいってはいけないというばか社長命令が出ていたので、挨拶にもいっていません。

『この会社に入ったんだってね。』
皮肉たっぷりです。
副社長が何かと苦しい言い訳をしていました。
『まあ、とにかくこういう形ではっきりしてよかったじゃないか。』
と社長が帰った後で、副社長はいっていました。
考え方が前向きな人です。

『ところで・・・・』
社長が話を始めました。
内容は前の建設会社のことです。
社長の工場は、私が以前に勤務していた建設会社で施工しました。
その後も追加工事をいくつか受注して、建設会社にとっては大事な顧客のひとつでした。
工場にとっても大事なお得意様です。
この会社のフィリピン進出のために工場を作ったようなものでした。

最近、あなたの前に勤めていた建設会社のレスポンスが悪くて困っていると言う話でした。
その頃、お得意様の会社はだいぶ現地化がすすんでいました。
主要なポジションにフィリピン人を据えて、日本人の出向者はできるだけ少なくしていたのです。
全従業員の数から考えると、日本人の少なさは目を見張るほどでした。
建設工事というのは基本的にはローカルの会社でもできるものです。
大掛かりな改装や増築というのは少し心配ですが、そうではない限りローカルで十分です。
ところが、ローカルの会社は工期を守らないことや施工がいい加減なことで、この社長はローカル任せになってしまうことに大きな危惧を抱いていたのでした。

『お話はよくわかりました。早速連絡を取ってみます。』
『あなたの今の仕事と関係ない話で、申し訳ないがよろしく頼みます。』
こういって、社長は帰っていきました。

早速、前の会社に電話をし、所長に会いにいきました。

ちょっと長くなってきましたね。
続きます。




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2009年02月22日

そのとき、すこしもあわてず・・・


また、ずいぶん更新をサボってしまいました。
楽しみにしてくださっている人、すみません。

急にばたばたとしています。
フィリピンにも不景気の波が押し寄せてきています。
対策に大わらわ。
街中では、相変わらずマンション建設がすすんでいますし、モールには人がたくさんいます。
フィリピンはそれほど影響を受けないなんていうえらい人の発言も目立ちます。
そんなはずはありませんよね。

まあ、米びつが空っぽになってから『米がない!』と騒ぎ出す人たちですから。。。
どこかの国みたいに危機感をあおりすぎるよりもいいのかもしれませんけど。

さて、昔の話しといきましょう。

工場増設の計画が出てきました。
忙しくなってきていて、お客さんの要望にこたえるには能力が足りません。
お客さんもまだまだ日本から部品を輸入しているような状態でしたので、こちらが体制を整えさえすれば、どんどん仕事を出してくれます。
敷地は、いまの工場と同じだけの建物がたつ広さが裏にあります。
そこに今の建物の半分の工場を増設したのです。

工事は、私が前に勤めていた建設会社にお願いしました。
現場担当としてやってきたのは、私が紹介して現地採用になった日本人です。
一生懸命真面目に仕事をしていて、工事を任されるまでの信頼を受けていました。
お客さんにも真面目さが前面に出て、受けがよかったのです。
副社長などは、同じ鹿児島の出身ということもあって、かなり仲良くしていました。

工事には地鎮祭とか棟上式とか、いろいろな式典があります。
まずは地鎮祭です。
これは工事関係者だけで、ごく内輪に済ませました。
社長の都合も会わなかったのだと思います。
なんといっても、そういうことの大好きな人でした。

どこかで帳尻を合わせておかないといけません。
そこで、コンクリートの基礎を打つ時にもう一度式典をすることにしました。
社長もその日にはフィリピンに来れるということでしたので、張り切っていました。
お客さんも招待して、ほんの少し正式な形です。

式典は粛々とすすんでいきました。
神父にお願いをしてお払いをしていただきます。
その後、コンクリートを少し流してある基礎の型枠の中にコインを入れていきます。
式典が終わったら、さらにコンクリートを流し込んでいくのです。
コイン入りの基礎の出来上がりですね。
式典は無事に終わりました。

その後、場所を食堂に移して食事です。
とはいっても、昼間ですので、本当の軽食です。
食堂の運営業者が飲み物をサーブしていました。

まずは社長が挨拶をしました。
自分は英語がとてもじょうずだと思っているこの2代目ばか社長は、スピーチの原稿というものを作りません。
行き当たりばったりのスピーチなのです。
しかも自分で思っているほど英語はうまくありません。
くどいのですが、聞いているほうもよく英語がわかっていないので、それほど問題にはなりません。
気分よく(もういい加減やめればいいのに・・・)というくらいしゃべって、席に着きました。
お客の偉い人の隣に座り、しばらく話をしていました。
食堂のボーイが水の入ったピッチャーを持ってやってきました。
コップに水を注ごうとしたのです。

社長の肩口からボーイが近づいてコップをとろうとしました。
手を伸ばしたそのとき!
反対側に持っていたピッチャーがかたむいて・・・
なみなみと入っていた水が社長の頭に。。。

『あっ!』と思った次の瞬間。
社長は、肩からおなかにかけてびしょぬれになってしまいました。
(さあ、どうするんだろう?)
参加者全員が注目していました。
ほとんど全員がその場面を目撃していたのです。

そして。。。

社長は、そのまま何事もなかったかのようにお客と談笑を続けていました。
廻りは大慌て。
ナプキンや付近を持ってきて社長の洋服をふいています。
社長は相変わらず話を続けていました。

そんなこともあったのです。
(≧∇≦)/ ハハハ



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2009年02月09日

ある建設会社の駐在員 〜その5〜


結局、無理やり釣りに行ってきました。
二女と三女を連れての釣行です。
久しぶりに娘たちと一緒に大漁!・・・のはずだったのですが。。。

後悔先に立たず。。。
ひどい風と波で散々な思いをしました。
波が3mくらい。
バンカーボートが一気に叩き落されます。
一緒にいった名人は、体を投げ出されそうになり、思わず釣竿を手放してしまいました。

釣れたのはたったの3匹です。

しかも・・・・。

大事なことを忘れていました。

土曜日の朝から日曜日の昼にかけて、36時間断水するというメモが回ってきていたのでした。
土曜日の朝午前0時から・・・。
3時半に起きてシャワーを浴びたときには、水は元気よく出ていました。

つりが終わって、家に確認。
『水出てる?』
『ワラ!』
一言だけ帰ってきました。

家に着いたのは8時半。
メイドに鍋でお湯を沸かせて行水です。
なんだか情けなくなってしまいました。
やっぱり無理していくんじゃなかった。。。

結局、断水は36時間のどころではありませんでした。
水が出るようになったのが、今朝の7時。
なんと、合計55時間の断水です。
工事のための断水なのですが、パイプに穴が見つかったなんていう言い訳をテレビでしていました。
ひどい話です。
パイプに穴が開いているのは当たり前!!!
・・・なんてね。

さて、昔の話です。

現地視察の後、2〜3日たってSさんが我が家にやってきました。
『現地視察、どうでしたか?』
こうたずねると、
『とてもよかったですよ。社長も満足して帰りました。』
こういいます。
ただ、Sさんの会社としてはお金は一切出しません。
工事の協力ができるところは金が出ない範囲でやってもよろしい・・・という結論だったそうです。
Sさん、この結論に気をよくしていました。

『ホントに会員権買いませんか?絶対、儲かりますよ!』
まったくわかっていません。
『その話はもうおしまい。私は買いません!』
そういいきりました。

翌日、副社長に電話をしました。
『どうだったんですか?』
『だいぶ、気に入っちゃったみたい。』
『絶対痛い目にあいますよ。』
『そうだよね。俺もそう思う。でも、あの社長ケチだから金なんか出さないよ。心配しなくてもいいから。ちゃんといってあるし・・・』
そういっていました。

ここから先はお決まりのコースでです。
会員権は何口か売れたものの工事はいろいろな障害があって一向に先にすすみません。
着工する気配すらないのです。
やれ土地の買収がどうのこうのとか、ゴルフ場の許認可がどうとか・・・。
『S!一度帰って来い。』
本社からお呼びがかかるのにそれほどの日にちは必要ありませんでした。
夢を見てしまっているSさんは、この頃にはすでにゴルフ会員権の営業マンになってしまっていました。
他の工事はなかなかありません。
一時の投資ブームが一段落したこともありましたが、まともに工事の営業をしていないのです。

社長は、ついに見切りをつけたようです。
Sさんにもフィリピンにもです。
このまま、会社は放置。
Sさんは帰国ということになったのでした。
『結局、帰国することになりました。何とかまたこの国に帰って来たいと思います。』
また一人、フィリピン病患者の出来上がりです。

一年くらいたった後のことです。
副社長に
『Sさん、どうしているの?』
と聞くと、
『会社を辞めちゃって、自分でなんか始めたみたいだ。』
といっていました。

それからさらに半年くらいたったある日。
グリーンベルトのショッピングモールでばったりSさんに会いました。
立ち話でしたが様子を聞くと、自分で水のフィルターを販売する会社を始めたそうです。
フィリピンでもう一度がんばるんだといっていました。

その後、彼のうわさは一回も聞いたことがありません。
今頃、どこでどうしているんでしょう???



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2009年02月05日

ある建設会社の駐在員 〜その4〜


なんだか急に忙しくなってきました。
といっても一時的なもの。
今月一杯はバタバタになりそうです。

久しく忙しさを経験していなかったので、ちょっと疲れそうです。
少し体をいたわって上げなきゃですね。
週末のつりはドタキャンしようかな???
また嫌味を言われそうですし、唯一の息抜き(最近ゴルフから遠ざかっています)なので、多少無理をしても行きたいとは思っていますが、それもままならないかもしれません。
いいのか悪いのか。。。。

気を取り直して昔の話の続きです。

Sさんが帰った後、しばらく考えていました。
さて、どうしたものでしょう?!
本人はすっかり夢を見ちゃっています。
瞳がきらきら輝いてしまっているのです。

どう考えてみても実現するとは思えません。
詐欺に引っかかるだけならまだしも、このままではSさんが詐欺師の片棒を担ぐことになってしまいます。

翌日、Sさんを私に紹介した副社長に電話をしました。
いきさつを詳しくお話して、『絶対にだまされている。』といいました。
副社長も『ちょっと考えればわかりそうなものだ。』といいます。

この人、結構フィリピンで修羅場を見ています。
仲良くなった彼女にコンドミを買ってあげて一緒に住んでいました。
やがて、この女に男ができたようで、関係がギクシャクしだしました。
嫌気が刺してきて、女を追い出そうと画策を始めたところ、敵もさるもの、とんでもない反撃に出てきました。
ある日、お兄さんと称する男がやってきて、銃を突きつけられて『お前が出て行け』と脅されたそうです。
怖い話ですね。
結局、コンドミは彼女に手切れ金代わりにくれてやったそうです。
その後も、いろいろと嫌がらせをされて、アラバンに引っ込んでしまいました。
このアラバンの家にSさんも一緒に住んでいたというわけです。

話がそれました。

副社長に日本の建設会社の社長に絶対にこの話に乗らないように注意してくれるようお願いしました。
『何をやっているんだろうね。最近、仕事が取れないので、本人もあせっているみたいだけど・・・』
そういっていました。
早速彼は日本の社長に連絡を取りました。
Sさんからすでに連絡を受けていたようで、半信半疑ながらSがいってきているからということで、検討を始めていたようです。
同じ月に現地を見に行く予定も立てていました。

副社長は、私のアドバイスを受けてそのまま話をしたようです。
社長も最初はゴルフ場建設に色気があったようでしたが、副社長の話に納得しました。
現地視察にSさんの直属の上司が来る予定になっていたのを変更して、社長自らが現地視察に出かけることにしたのです。
(このまま、放っておいたら大変なことになる。)
そう思ったのに違いありません。

Sさんは相変わらずゴルフ場のパンフレットを持って走り回っていました。
私の友人からも『こんな話知ってる?』という問い合わせが何件か来ました。
もちろん、Sさんには申し訳ありませんが、『それ、絶対おかしな話だからお金なんか出しちゃダメよ。』といっておきました。
私の知り合いで被害にあった人はいません。
第一、日本料理屋の親父はゴルフ場を本当に建設する気などひとつもありません。
会員権が2〜30口売れればそれでいいのです。
後は、姿を隠すだけ。
ほとぼりが冷めた頃にまた別な詐欺話をぶち上げて一稼ぎする・・・そんな感じだったのでしょう。

日本の社長がやってきました。
至れり尽くせりの現地視察だったそうです。
当日は、小雨模様で現地まで行くのに6時間もかかったそうです。
途中の道の脇に広がる自然はすばらしく、海もきれいでした。
これはその通りです。
私も何度かいって、自然の美しさに目を奪われた記憶があります。

現地では、下院議員と称する男が出迎えてくれました。
町の町長も一緒です。
(本物かどうかはわかりませんけど・・・・)
この国の政治家はレベルが低くて、こうした詐欺話の片棒も平気で担ぎます。
ですので、コングレスマンとかメーヤーとかいう話が出てきたら、まず疑ってかかるのがこの国の常識です。
上院議員というのは24人しかいませんので、こういう話にはまず出てきません。
下院議員は、そこらじゅうにいますので、詐欺の格好の材料なのです。

長くなってきました。
今日はこの辺で。。。



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2009年02月02日

ある建設会社の駐在員 〜その3〜


4〜5日前から左腕の付け根におできができていました。
シャワーを浴びるたびに薬を塗って・・・・。

今朝、はじけました。

少しは楽になったのですが、まだ固いやつが残っています。
これ以上は痛くて絞れません。
血が出てきています。
とりあえず薬を塗って、ガーゼを貼っておきました。
たぶん、まだうみが出てシャツを汚してしまいます。

こういうのも老化現象の一つなんでしょうね。
長く人間をやっていますと、いろんなところにガタが出てくるということでしょうか?!

さて、昔の話の続きといきましょう。

その頃は、ラモス大統領の時代でした。
外国からの投資も多く、アジアのトラと騒がれていた頃です。
日本からの投資も多く、建設会社も一気に増えました。
『詐欺師はそろって建設会社をはじめるんだな。。。』
フィリピンに長い事情通の人たちがこぼした時代でもあります。
その後、こうした建設会社はみんな消えてしまいました。
日本に本社のある大手ゼネコンが進出したのもこの頃です。
今は・・・・、寂しい限りですね。

Sさん、何かのたびに我が家にやってくるようになっていました。
『こんなところに事務所を構えていちゃダメだ。』
という私のアドバイスを素直に聞いて、モンテンルパに事務所を引っ越していました。
『家賃は安いし、結構便利で悪くないですよ。一度、きてくださいよ。』
そういっていましたが、結局モンテンルパの事務所には一度も行きませんでした。
たぶん、いったらまたダメだししていたことと思います。

モンテンルパまでは我が家から30分以上かかります。
わざわざそんなところまで用事もないのにいくつもりもありませんでした。
勢い、相談事は我が家でという形になります。
よく、夕食時にやってきてはご飯を食べていきました。
『Sさん、うちでご飯食べていったよ。』
紹介者の副社長に話すと、
『すいませんね。お世話かけます。』
と、恐縮していました。

やがて、あまり我が家にやってこなくなりました。
仕事がうまくいっているというわけではなかったようですが、本人もフィリピンになれてきたようで、それまで相談にきていたことも何とか自分で解決できるようになっていたのでしょう。

『今日はいい話を持ってきました。今まで散々迷惑をかけたので、おぢさんにも少し儲けてもらおうと思って・・・・。』
久しぶりに我が家を訪問したSさんは、そういって切り出しました。
『なんかいい話でもあるの?』
私の問いかけに話し始めました。

ルソン島の東海岸にインファンタというところがあります。
マニラからはラグナ湖をぐるっと回って、山を越えて、4〜5時間かかるところです。
ルソン島の東海岸は、大きな都市もなく、開発が遅れています。
途中にある山脈が行き来を阻んでいるのです。

このインファンタにゴルフ場を作るというのです。
すでにパンフレットも出来上がっています。
パンフレットを見せてもらいました。
『この会員権を今購入すれば確実に値上がりします。
特別縁故で一口買っていただこうと思っています。』
一口80万ペソでした。
パンフレットの施工予定業者にはSさんの建設会社の名前がありました。
Sさんが顔写真入りで載っています。
ゴルフ場建設工事を請け負うつもりでいたようです。

実は、インファンタでゴルフ場を開発しようという話しは以前からありました。
マニラからそれほど遠くなく、土地が安いうえに手付かずの自然が残っています。
ただ、交通の便が悪いのです。
しかも利権が絡む何かとややこしい話があって実現しないというのが実情でした。
インファンタはそういう意味で、危ない土地だったのです。
もちろん、Sさんはそんなことは知りません。

少し話を詳しく聞いてみました。
モンテンルパで日本料理屋を経営している親父のおくさんのおじさんがインファンタ選出の下院議員だそうです。
モンテンルパの日本料理屋の親父・・・・どこかで聞いたような話です。
まず、店の名前を聞きました。
そして、本人の名前を確認したら、間違いありません。
日本人のお年寄りをだまして家と車を取り上げようとした親父です。
おくさんの親戚が下院議員というのもよくある手口です。
詐欺に間違いありません。

『ちょっとまってよ。』
話をさえぎって、この前運送業者の親方から聞いた話をしてあげました。
『その人って、こういう人だよ。まず、間違いなくだまされているよ。』
パンフレットに顔写真を載せている以上、もし開発がうまくいかなかったら、詐欺グループの一員といわれても仕方がありません。
『もっと、慎重になったほうがいいんじゃないの?』
そう、アドバイスしました。
『フィリピンに長い人で、ここで生きている以上、そういう話の一つや二つはあると思う。』
こんなことを言い出します。
『会社としては、工事を請け負うだけだから、詐欺の片棒を担ぐことにはならない。』
とも言い出します。

・・・・すっかり、だまされていました。
しばらく工事がなくて、本人もあせっていたのだと思います。
それに振って沸いたような大型プロジェクトの話です。
『そんな工事、実績もないお宅みたいな会社に施工させようということ自体おかしいでしょう?』
冷静に考えればわかりそうなものです。
『それは、私の人柄を気に入ってくれて・・・・』
本人、すでに目がきらきら輝いてしまっています。
夢を語っているのです。

『とにかく、私はそんな会員権買うつもりはありません。』
そういうと
『せっかく儲けてもらおうと思ってきたのに残念です。今買っておけば確実に値上がりするんですけど・・・』
そういって、その日は帰っていきました。

もうちょっと続きます。



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2009年01月31日

ある建設会社の駐在員 〜その2〜


6時半頃、メイドの『マム、電話です。』という声で起こされました。
電話の主は、おくさんのお兄さんです。
船乗りで明日帰ってくるという話でした。

もともとの話では、今日マニラに到着の予定。
昨日、運転手に朝早く到着なので早く出勤するように伝えてありました。
ところが、やはり昨日、お兄さんのおくさんから到着が日曜日になったという連絡がありました。
運転手の帰り際に、早くこなくてもいいとわざわざ伝えなおしていたのです。

『今、マニラについたよ!』
お兄さんからの電話は、空港からでした。
おくさん、パニック!!
『だって、明日だって・・・・・』
すぐに運転手を空港に向かわせるといって電話を切ったのですが、肝心の運転手がまだ出勤していませんでした。

そんなこんなで少し空港で待ったようですが、無事我が家に到着しました。
飛行機はがらがらだったそうです。
フィリピンエアライン、乗っていたのはほとんどフィリピン人です。
外国人はほとんどいなかったそうです。
おかげで、席を4つ占領してのんびりできたといっていました。

2ヶ月の休養です。
今、世界中の船乗りの3割はフィリピン人だそうですね。
今年5000人くらい解雇されるのではないかという記事が載っていました。
ますます深刻になってくる情勢ですが、フィリピンの人はいたってのんきです。
お米がなくなってから『ない!』と騒ぎ出す人たちですから・・・・
マスコミが危機を煽り立てるどこかの国とはえらい違いです。
どっちもどっちかと・・・・・。

さて、昔の話しに行きましょうか?
前回の続きです。

Sさんの建設会社の事務所はマカティの国鉄の線路沿いのコンドミの2階にありました。
古いコンドミニアムです。
線路のそばはスクワッターと呼ばれる不法占拠者の住居がたくさん立ち並ぶところです。
土地が低くなっているうえに彼らがごみを捨てて排水路をふさいでしまうために、ちょっとした雨でも水に浸かってしまいます。
あっという間に胸の高さくらいまで水が出てしまうのです。

このあたりで、買ったばかりの新車を水につけてしまったことがありました。
それは、また別の機会にお話しますが、とにかく事務所としては最低の立地条件でした。

Sさんの事務所を訪問したとき、開口一番、
『こんなところに事務所を設けていたらいけません。早く移らなきゃダメです。』
そういいました。
本人もうすうす感じていたようで、
『そうなんですよね。でも、予算がなくて・・・』
そういったのが印象的でした。

Sさんの会社は、日本のお客さんの工場建築を一件終えたところでした。
次の工事を何とか探さないと、店を閉めて帰らなければなりません。
最初の工事は利益が出たと思っていました。
ところが、時間がたつに連れてまったく見込んでいなかった費用が発生してきました。

税金です。

この国の税金の制度をまったく理解していませんでした。
これは、お客さんも同じです。
どちらかがきちんと理解していれば問題は少ないのですが、お互いに知らないのですから当然のように抜けてしまっています。
これもまた自然な流れなのですが、先に気がつくはお客さんのほうです。
源泉徴収税を差し引いて支払ってきました。

『何でこんなの引かれるの???』
制度をまったく理解していません。
『引かれて当たり前なんですよ。お宅も下請けに支払う時に引かなきゃいけないんですよ。』
『・・・・・・・』
『まだ支払いが残っているならそこから全部引いちゃいましょう。』
税金なので、下請けさんも嫌とはいえないはずです。
『嫌なら次からお前のところには頼まない。というくらいの強い態度で話をしてください。』
『わかりました。。。』
こんな状態でした。
先が思いやられます。

儲かっていたと思った工事は、税金を頭に入れていなかったためにほとんど利益が残っていない状態でした。
それでもまだ少し利益が残っていたのは不幸中の幸いというところでしょうか?!
この国の税金の仕組みをそれからレクチャーし始めました。
Sさん、経理はまったくの素人。
税金の前に経理のレクチャーもしてあげました。
わかるまで根気よくお話です。
なかなか骨の折れる事態でした。
(まぁ、しかたがないか・・・・?!)

気軽に大変なことを引き受けてしまいました。
こんなところだろうと予想してはいましたけど・・・。
(≧∇≦)/ ハハハ



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2009年01月29日

ある建設会社の駐在員 〜その1〜

 

一昨日からネットのつながりが悪くなっています。
理由はわかりません。

一昨日の朝、電力会社のトラックが来て、我が家の前の電柱でなにやら作業をしていました。
そういえば、前にも電力会社が来た後でしばらくネットのつながりが悪くなったような記憶があります。
我が家のネットはケーブルテレビのネットです。
電柱を経由してくるのですが、何か影響があるのでしょうか?
たぶん偶然だとは思いますが、こんな時に限って仕事でネットが必要になります。
困ったものですね。。。

さて、昔の話です。

『おぢさんってもと建設会社にいたんだよね?!』
ある日、こんな電話がかかってきました。
相手は、’空には太陽・・・’で出てくるプレスやの副社長です。
『そうですけど・・・何か?』
『実は、俺のところに知り合いの日本の建設会社のヤツが転がり込んできているんだけど、困っているみたいなんで相談に乗ってやってくれないだろうか?』
彼の中のよい日本の田舎の建設会社が、フィリピンに会社を設立したようです。
普通、こうしたケースですとフィリピンの彼女がいて、彼女に会いに来るための理由として会社を作ることが多いのですが、この会社は違っていました。
日本のお客さんがフィリピンで工場を作ることになって、工事の面倒を見てもらいたいと頼み込まれたようです。
今までの付き合いから、どうしても断りきれませんでした。
とはいえ、田舎の建設会社のこと、フィリピンあたりで工事をやろうなんて社員はいません。
そこで、新規に募集をしました。
どこか、海外で仕事をしていたようで少し英語は話せます。
やる気は十分。
採用を決めて、フィリピンに送り込んできました。
建設会社の社長が、電話をかけてきた副社長に『そういうわけなので、面倒を見てくれ』と頼んできました。
・・・こんないきさつだったようです。

副社長は、彼を自宅に滞在させて何かと面倒を見ていたようです。
名前を仮にSさんとしておきましょう。

『そういうことなら、いいですよ。私にできることなら相談に乗りましょう。』
その頃、大して忙しくもありませんでしたし、自分の経験が何かの役に立つのでしたら喜んで協力しようと思いました。
プレスやの副社長もそれほど深く付き合いをしていたわけではありませんでしたが、なんとなく気があって、(副社長の頼みなら仕方がないか・・・)という気持ちも働いていました。
ちなみにこの副社長とは、私がプラスチックの工場をやめた後、しばらく連絡を取っていませんでしたが、ある日ひょんなところで再開し、今ではよき釣り友達になっています。
この方も面白い人で、いろいろと武勇伝があるのですが、それはまた機会を改めて書いてみようと思っています。
話がだいぶそれてきました。

それからしばらくして、副社長とSさんと食事をしました。
マカティの日本料理屋だったと思います。
Sさんは、まだ若いがっしりとした体つきの人でした。
少し神経質なところがあって、細かいところに気持ちがいってしまって、はっきりいってあまりフィリピンで仕事をするのに向いている人だとは思えませんでした。
(この人じゃ大変だろうな・・・・)そう思った記憶があります。
とりあえず、その日は紹介だけ。
事務所の場所を教えてもらって、後日伺う約束をしました。

長くなりそうですね。
今日はこの辺で。。。



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2009年01月27日

モンテンルパの詐欺師


やってしまいました。

我が家は、この前からクッキングガスが切れていました。
マニラでは都市ガスなんてありません。
LPGを買って料理することになるのですが、これがこの前から店頭にありません。
どうやら誰かが隠しているようです。
法外な値段で売って5人が捕まったと奥さんが話していました。
本当でしょうか?

朝ごはん。
ガスがないので、パンを焼いて食べようと思いました。
メードに言いつけて皿を2階に持ってこさせて、さあパンを焼こうと思ったら・・・
なんとカビだらけでした。
(このパンいつ買ったんだろう???)
よく考えてみたら、買ったのは先週の水曜日。
ちょうど一週間たっています。

暑いマニラで一週間は致命的です。
食べなきゃ・・・と思いつつカビだらけにしてしまいました。
また、やってしまいました。。。

さて、ガスですが、おくさんが近所にガスを売っている家があると言います。
我が家から歩いていけるところです。
ボンベが違うので、ボンベも購入しなければいけないのですが、こうなってはそんなことはいってられません。
ボンベが切れてから4日目です。
卓上コンロの料理は高くついて仕方がないのです。
早速、買って来ました。

そんなこんなで、メードに朝ごはんを料理するように言いつけました。
なんともはや。。。

さあ、昔の話しと行きましょう。

ある日、出入りの運送業者がやってきました。
日本人で、その頃独立した方です。
とにかく話好きで、暇なときならともかく忙しい時に来られると閉口します。
しかも、話の中身はほとんど自慢話。
聞くほうにも忍耐が必要な人なのです。

こういう人に限って、自分は話し上手だと思っています。
手に負えませんね。

その日は、ちょっと違っていました。
私もあまり忙しくなかったので、おつきあいしました。
なんだか、怒っています。
お年寄りの日本人の引越しを頼まれたそうです。
その方は、日本で成功してある程度まとまったお金を持ってフィリピンにやってきました。
モンテンルパというところに家を立てて、車も買って、こちらで本格的に暮らし始めようとしたところでした。
モンテンルパに、日本料理屋がありました。
今はもうないと思います。
2階が針灸マッサージの治療院で、こちらは弟が経営していたそうです。
その店で食事をするようになって仲良くなったそうです。

そのオーナー、悪いやつでした。
どんな手口だったか、今となってはよく覚えていませんが、かわいそうなお年寄りの家と車をとっとと売り払ってしまいそうになっていたようです。
そんな時に引越し荷物の件で相談を受けたそうです。
話を聞いた運送会社の社長さん、だまされているとすぐに気がつきました。
そこで、悪いオーナーと対決。
被害を最小限に食い止めてあげたそうです。

結局、自慢話でした。

さて、このオーナー、後で別な話を仕込みました。
長くなりますので、日を改めて書いていきます。
お楽しみに。。。



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posted by マニラのおぢさん at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月25日

空に太陽、地に花・・・


昨日、魚釣りに行ってきました。

今年に入って2回目の釣りです。
いやぁ・・・

・・・疲れました。

このところ、ダメージがきついのです。
回復にすごい努力が必要です。
・・・といっても、寝ているだけのことですが。。。
今日は、朝から断続的にずっと眠っています。
いくらでも眠れます。
自分の体がおかしくなってしまったんじゃないかと思うくらいです。

それでも、ずいぶん眠ったおかげで、ようやく元気になってきました。
まだ、頭は少しボヤ〜ッとしています。
年ですね。

さぁ・・・元気を振り絞って、昔の話しに行きましょう。

どうしたわけだったかは、よく覚えていませんが、専務がプレスやさんを探していました。
『おぢさん、プレスやさん知らないかね?』
『知ってますよ。いってみますか?』
建設会社の時代に見積もりをした群馬のプレスやさんが、すぐそばで工場を操業していました。
とある商社の自動車部の紹介でした。
『いってみたいんだけど・・・』

早速、連絡を取ってみました。
幸い、先方も私のことを覚えていてくれました。
『その節は・・・』
と挨拶すると、すぐに思い出してくれ、
『お宅は高かったから・・・』
すみません。
その頃は、仕事がオーバーフロー気味で、少し高めの見積もりを出したような記憶がありました。
この会社は、その頃私が勤めていた工場と時期を前後して創業しました。
『そう、建設会社、辞めたの?いつでもいいから来なさい。』
そういってくれました。

早速、専務とふたりでアポをとって出かけました。
工場からラグナ湖の温泉リゾートのほうに向かっていく抜け道の途中です。
車で10分くらいの距離でした。
少し入り組んだところでしたが、当時現場説明会にいってましたので、場所は知っていました。
畑の中に一本道路が通っていて、そこにぽつんとあったので、すごくわかりやすかったのです。

思い出しながら懐かしい道をとおっていくと、・・・ありました。
2mくらいの塀に囲まれた、大きなゲートのある工場です。
見かけはまるで刑務所のようです。
みどり色の大きなゲートの右側に小さなゲートがあって、そこに警備員がいます。
警備員が出てきて、こちらの名前とIDカードを渡し、社長と約束がある旨を告げました。
『ちょっとお待ちください。』
そういって、警備員は工場の中に消えていきました。
しばらくすると、ゲートが開いて、中に案内されました。

ゲートを入ってすぐ左側に事務所の建物があります。
奥に工場があって、その前は庭になっていました。
事務所にはいって、挨拶をすると、社長が
『こちらへどうぞ。』
といって案内してくれました。
案内してくれた先は、大きなバンブーハウス。
20人くらいは入って話ができそうな広さです。

『この庭も、この小屋も、奥の池もみんな従業員の手作りなんですよ。』
庭のおくには、池があってそのさらに奥に小屋があります。
その小屋の壁はすべて竹。
池には噴水を作っているところでした。

空に太陽。
地に花。
くちびるに歌。
心に愛。

なんともくさいスローガンを口にします。
社長の方針だそうです。
単純な専務は、心から感動したようで、『それはすごい。』を連発しています。
私は、どうにも違和感を感じないでいられませんでした。
それは、なんともいえない形で現実になったのです。
その話はまた今度ということで。。。




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posted by マニラのおぢさん at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

いつものアウティングの風景


久しぶりに家でのんびりしています。
昨日、姪っ子が我が家にやってきました。
おくさんのお姉さんの娘です。
もうすぐ出産です。

病院がうちから近くて、ドクターがおくさんのお友達なので、産気づくまで我が家でスタンバイということだそうです。
パンパンのおなかをしています。
こまっしゃくれたガキだった姪っ子が、ママになるんですから・・・
時の流れを感じてしまいます。

それにしても、全然生まれそうな気配はありません。
この調子で、何日も居座るんでしょうね。
相変わらずの厚かましさです。
子どもの頃とちっとも変わっていません。

さて、昔の話しと行きましょう。

この子の母親は、おくさんのすぐ上のお姉さんです。
だんなはタクシーの運転手で、最近はあまり仲がよくないようです。
昔から、思いっきりかかあ天下の家庭です。

海水浴に行くときは、よく一緒にいきました。
おくさんが一人で子供の面倒を見たり雑用をしたりするのは大変なので、ほとんどこの家族と一緒です。
もちろん、お金を出すのは全部私。。。。
仕事があってないようなものですので、いつでも暇なのです。

海水浴にいった場合、まず泊まるところを探します。
予約をして出かけるなんてことはめったにありません。
だいたい、予約したくても電話もないようなところがほとんどです。
行き当たりばったりで、荷物だけ持って出かけるのです。
行き先は車でいけるところ。

フィリピンのビーチはほとんど小汚いビーチリゾートになっています。
まず車で乗り付けて、泊まれるかどうかの確認です。
お金の交渉はお姉さんの仕事。
これまでかっていうくらい値切ります。
交渉が成立すると荷物を下ろします。
これはだんなの仕事。

私たちの家族は部屋に入って水着に着替えます。
おくさんとお姉さんは『買い物にいってくる。』といって出かけていきます。
運転はお姉さんのだんな。
近くのマーケットに買出しです。
たいていどこでも、自炊ができるようになっています。
豚肉のかたまりや魚、チキンなどを買ってきます。
それから、料理に取り掛かるのです。
お米もちゃんと持ってきていますので、ご飯だって炊いちゃいます。
それもフィリピン米と日本米の二種類。
日本米は私用です。

料理の間、私は子供たちと海で遊んでいます。
するとだんなが走り回ってバンカーボートを探してきます。
『半日でOOペソだって・・・どうする?』
とか、聞いてきます。
こっちの交渉は少し甘め。
まあ、男なんてそんなものかもしれません。

海水浴にいくときは必ず釣竿を持っていきます。
というか、釣りができないところには行きません。
子供たちはとにかく海には入れれば大喜び。
スイミングが大好きなのです。

気分が乗ったら、そのまま釣りに出かけますし、そうじゃないときでも翌日の予約をします。
『朝7時からね。。。』
翌日の朝、彼はマーケットでえさの手配。
えびか魚を買ってきます。
魚は切り身で使います。
普通はえびなんですが、アニラオなんかは魚の切り身のほうが一般的です。
この辺も場所によって特色がありますよね。

とにかく、面倒なことは全部このファミリーの仕事です。
私はお金出すだけ・・・みたいな
(≧∇≦)/ ハハハ



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posted by マニラのおぢさん at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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