2007年11月09日

エルミタでクラブを開店させたこと−そのC

オープンの日が近づいてきました。

このころになると一生懸命になっているのは所長と下請けの社長だけです。
下請けの社長は、本業のほうでお世話になっている所長がいろいろといってくるので仕方なくお付き合いしているだけという感じが見え見えでした。

土木の大型工事がこのころ施工中で、わが社には日本人赴任者が結構いました。
彼らが安心して飲めるお店にするというのもひとつの目的だったのです。
何にもないとどこにでも行っちゃって、何をするかわからない人たちばっかりでしたものですから・・・。
こっちの土木のほうの所長さんも熱心なほうでした。
要するに二人の所長と名のついたおじさんたちが、スケベ気分半分で下請けの社長のお金で遊んでいたのです。

オープンの日、動員がかかったわれわれは7時過ぎにはお店に行きました。
超満員です。
さすがに、最初の日はものめずらしさもあって(飲み食いは全部ただでしたし・・・)、たくさんの人でにぎわっていました。
ほとんどが知っている人ばかりで、そういう意味では安心してくつろげる雰囲気でした。
一時募集で会員も30人以上にはなっていたものと思います。

女の子たちもさすがに600人の応募者の中から選ばれただけあって、美形ぞろいです。
『この子は俺が選んだんだ』と面接のときに30分だけ参加していた損害保険会社の主席駐在員もきていました。
すぐ帰っちゃいましたけど・・・
この方は、会員にはなってくれましたが、ほとんどお店には来なかったようです。

このころ、私はすでに奥さんと一緒に暮らし始めていましたし、もともとあんまりお酒が好きな体質ではありませんでしたので、お店にはいいとこ月に1〜2度顔を出すのがやっとという感じでした。
オープニングパーティーの後、3日間くらいはそれなりにお客が来ていたようでしたが、それ以降はばったりと客足が途絶えてしまいました。
いつ行っても、いるのは土木の所長さんとそのグループだけ。
完全に身内の飲み屋になってしまいました。

身内以外でよくご利用してくれたのは、ある銀行の駐在員の方。
まじめで気の小さい感じの方で、このお店がほかにお客がまったくいないので気を使わなくていいというところを偉く気に入ったようでした。
銀行などというのは、日本人全部がお客さんのようなものなので、誰にも気兼ねなく飲めるというところは貴重だったんだと思います。
場所もあんまりよくありませんでした。

そのころにはだいぶマカティーにも飲み屋さんやカラオケができてきて、わざわざエルミタまで足を運ばなくてもよくなってきつつありました。
少し遠いのです。
しかも、カラオケはポリシーに反するので置いていませんし、女性のお持ち帰りもできません。
廃れていくのは目に見えていたのでした。

それでも2年近くはオープンしていたでしょうか。
一番はやった日は、クーデターでマカティが占拠され、閉じ込められていた人たちが開放されてそれぞれマニラのホテルに分宿した日、一日だけでした。
クーデターの話はそのうち書くと思います。

それにしても、面白いお遊びでした。。。。

わーい(嬉しい顔)





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posted by マニラのおぢさん at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | エルミタの昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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