2007年11月08日

エルミタでクラブを開店させたこと−そのB

結局、面接に応募したのは600人くらいいたようでした。
そのころのフィリピンは、ピープルズパワー革命でマルコス大統領が海外逃亡し、混乱を避けるために撤退(または一時避難)した外資系企業がまだ戻ってきていない時期で、国内にほとんど仕事がありませんでした。

面接のときに、後ろで○を出した人たちにはエルミタのナイトクラブが職場であるということをきちんとお話して、2週間後に石亭の親父が用意した場所に来るように伝えました。
ほとんどが素人さんばかりでしたので、一ヶ所に集めて訓練をするつもりだったようです。

面接のときに、石亭の親父から女性の選び方を教えてもらいました。
決め手となるのは、『歯並び!』だそうです。
顔のほかの部分は化粧の仕方だけで、どうにでもなってしまうのだそうです。
誤解のないようにいっておきますが、ここで言う女性の選び方というのは、クラブのホステスを採用面接するときの女性の選び方ですので、実生活のガールフレンドを選ぶ選び方とはまったく関係がありません。

面接で、約50人の女性に合格が出ました。
2週間後にトレーニング会場にやってきたのは、半分以下の20名ちょっとだったようです。
このくらいになると、素人ではまったくわかりませんので、石亭の親父任せです。
親父はどこかから、オカマのトレーナーを呼んできたようでしたが、私たちには一切教えてもらえませんでした。
もっとも、興味もありませんでしたが・・・。

このお店のコンセプトは、『安心して飲めるお店』でした。
ホステスは、600人以上の応募者の中から厳選した『素人さん』たちです。
水割りに使う氷だってミネラルウォーターを使います。
当時の氷屋の氷なんて、作っているところを見たら、口にしたくなくなるようなものでした。
今でも、あんまり変わらないのかもしれません・・・。

コンセプトを決めたら、次は『メンバーの募集』です。
当時は、パソコンなどという便利なものはありません。
事務所にもなかったと思います。
メンバー募集に必要な『趣意書』を作らなければなりませんが、これは、毛筆で書いてゼロックスをとりました。
自慢ではありませんが、私は書道2段の腕前で、毛筆には少々自信があります。
会員も50名に限定し、入会金は閉店の時にはお返しするということも決めました。
会員、または会員が一緒じゃないとお店に入れないという仕組みにしたかったようです。

会員ナンバー1は所長です。
2が私だったと思います。
当時、事務所には日本人がほかに何人かいたのですが、全員会員になりました。
入会金は一人1万ペソでした。

こうして、着々と開店の準備が整っていったのでした。





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posted by マニラのおぢさん at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | エルミタの昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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