2007年11月01日

エルミタでクラブを開店させたこと−その@

ある日、所長が石亭で夕食を食べていると店の親父がしけた顔を出してきたそうです。
所長が『いい大人が、しかも客商売をしているものがそんな顔をしていちゃあいけない』といって、わけを問いただしました。
親父は、当時エルミタのデルピラール通りにクラブを持っていて、あんまりはやっていないものだから売りに出そうとしていたのですが、その契約が寸前になってキャンセルになってしまったということでした。

『困った。困った・・・』
とあまりいうもので、
所長が
『大のおとなが金のことぐらいでくよくよするんじゃない!!』
といって、この店を何とかする約束をしてしまったそうです。

とはいっても、一応東証一部上場の建設会社ですので、会社の名前でクラブ経営に乗り出すわけにも行きません。
かといって、所長個人で買い取るというわけにもいかず、結局当時使っていたローカルの一番大きな下請け業者に紹介をして買い取ってもらうことにしたようです。

『店が軌道に乗るまでは、お前が面倒を見るんだぞ!』という約束を石亭の親父に取り付けて、下請けの社長にこの店を買い取らせました。

店の名前は、当時の下請けの会社の名前に50人のメンバー制にしようということで『ローヤル50』という名前をつけました。
この社長は、ミンドロ島の出身で、後にミンドロ島から下院議員に立候補して当選しました。
建設業以外にもいろいろと興味や野心のあった人だったのでした。

 

まずは、従業員の募集です。
何はともあれ、女の子を集めないことには話になりません。
石亭の親父は、まずマニラガーデンホテルの大広間を借りました。
マニラガーデンホテルというのは、当時はJALの経営するホテルで、日本人のマネージャーもいるマカティーのファイブスターホテルです。

次に新聞広告です。
『○月×日、マニラガーデンホテルの大広間で面接をします。
容姿端麗な若くて魅力的な女性募集。
年齢は25歳まで』
と、こんな内容の広告だったと思います。
どこにも新しくオープンするクラブの採用面接とは書いていません。
案の定、応募者のほとんどはマニラガーデンホテルが採用するものと思ってきたようでした。
まぁ、うそはついていません。


さて、明日が面接という日、所長は親しい遊び友達に『明日、かくかくしかじかで面接をやるので、よかったら遊びに来てください。』という電話をしました。
この人は、とある大手損害保険会社の駐在員で、なかなかの遊び人でした。
確か、会社の人間を除いては、彼が一番最初にメンバーになってくれた人だったと思います。
さて、面接のその日・・・。
大変なことになったのですが、長くなりそうなので明日に続きます。

バーバーバーバー 

ビールビールビールビール





人気ブログに登録しました。
左斜め下左斜め下左斜め下左斜め下左斜め下
banner_02.gif

posted by マニラのおぢさん at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | エルミタの昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/63976089

この記事へのトラックバック