2009年01月31日

ある建設会社の駐在員 〜その2〜


6時半頃、メイドの『マム、電話です。』という声で起こされました。
電話の主は、おくさんのお兄さんです。
船乗りで明日帰ってくるという話でした。

もともとの話では、今日マニラに到着の予定。
昨日、運転手に朝早く到着なので早く出勤するように伝えてありました。
ところが、やはり昨日、お兄さんのおくさんから到着が日曜日になったという連絡がありました。
運転手の帰り際に、早くこなくてもいいとわざわざ伝えなおしていたのです。

『今、マニラについたよ!』
お兄さんからの電話は、空港からでした。
おくさん、パニック!!
『だって、明日だって・・・・・』
すぐに運転手を空港に向かわせるといって電話を切ったのですが、肝心の運転手がまだ出勤していませんでした。

そんなこんなで少し空港で待ったようですが、無事我が家に到着しました。
飛行機はがらがらだったそうです。
フィリピンエアライン、乗っていたのはほとんどフィリピン人です。
外国人はほとんどいなかったそうです。
おかげで、席を4つ占領してのんびりできたといっていました。

2ヶ月の休養です。
今、世界中の船乗りの3割はフィリピン人だそうですね。
今年5000人くらい解雇されるのではないかという記事が載っていました。
ますます深刻になってくる情勢ですが、フィリピンの人はいたってのんきです。
お米がなくなってから『ない!』と騒ぎ出す人たちですから・・・・
マスコミが危機を煽り立てるどこかの国とはえらい違いです。
どっちもどっちかと・・・・・。

さて、昔の話しに行きましょうか?
前回の続きです。

Sさんの建設会社の事務所はマカティの国鉄の線路沿いのコンドミの2階にありました。
古いコンドミニアムです。
線路のそばはスクワッターと呼ばれる不法占拠者の住居がたくさん立ち並ぶところです。
土地が低くなっているうえに彼らがごみを捨てて排水路をふさいでしまうために、ちょっとした雨でも水に浸かってしまいます。
あっという間に胸の高さくらいまで水が出てしまうのです。

このあたりで、買ったばかりの新車を水につけてしまったことがありました。
それは、また別の機会にお話しますが、とにかく事務所としては最低の立地条件でした。

Sさんの事務所を訪問したとき、開口一番、
『こんなところに事務所を設けていたらいけません。早く移らなきゃダメです。』
そういいました。
本人もうすうす感じていたようで、
『そうなんですよね。でも、予算がなくて・・・』
そういったのが印象的でした。

Sさんの会社は、日本のお客さんの工場建築を一件終えたところでした。
次の工事を何とか探さないと、店を閉めて帰らなければなりません。
最初の工事は利益が出たと思っていました。
ところが、時間がたつに連れてまったく見込んでいなかった費用が発生してきました。

税金です。

この国の税金の制度をまったく理解していませんでした。
これは、お客さんも同じです。
どちらかがきちんと理解していれば問題は少ないのですが、お互いに知らないのですから当然のように抜けてしまっています。
これもまた自然な流れなのですが、先に気がつくはお客さんのほうです。
源泉徴収税を差し引いて支払ってきました。

『何でこんなの引かれるの???』
制度をまったく理解していません。
『引かれて当たり前なんですよ。お宅も下請けに支払う時に引かなきゃいけないんですよ。』
『・・・・・・・』
『まだ支払いが残っているならそこから全部引いちゃいましょう。』
税金なので、下請けさんも嫌とはいえないはずです。
『嫌なら次からお前のところには頼まない。というくらいの強い態度で話をしてください。』
『わかりました。。。』
こんな状態でした。
先が思いやられます。

儲かっていたと思った工事は、税金を頭に入れていなかったためにほとんど利益が残っていない状態でした。
それでもまだ少し利益が残っていたのは不幸中の幸いというところでしょうか?!
この国の税金の仕組みをそれからレクチャーし始めました。
Sさん、経理はまったくの素人。
税金の前に経理のレクチャーもしてあげました。
わかるまで根気よくお話です。
なかなか骨の折れる事態でした。
(まぁ、しかたがないか・・・・?!)

気軽に大変なことを引き受けてしまいました。
こんなところだろうと予想してはいましたけど・・・。
(≧∇≦)/ ハハハ



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2009年01月29日

ある建設会社の駐在員 〜その1〜

 

一昨日からネットのつながりが悪くなっています。
理由はわかりません。

一昨日の朝、電力会社のトラックが来て、我が家の前の電柱でなにやら作業をしていました。
そういえば、前にも電力会社が来た後でしばらくネットのつながりが悪くなったような記憶があります。
我が家のネットはケーブルテレビのネットです。
電柱を経由してくるのですが、何か影響があるのでしょうか?
たぶん偶然だとは思いますが、こんな時に限って仕事でネットが必要になります。
困ったものですね。。。

さて、昔の話です。

『おぢさんってもと建設会社にいたんだよね?!』
ある日、こんな電話がかかってきました。
相手は、’空には太陽・・・’で出てくるプレスやの副社長です。
『そうですけど・・・何か?』
『実は、俺のところに知り合いの日本の建設会社のヤツが転がり込んできているんだけど、困っているみたいなんで相談に乗ってやってくれないだろうか?』
彼の中のよい日本の田舎の建設会社が、フィリピンに会社を設立したようです。
普通、こうしたケースですとフィリピンの彼女がいて、彼女に会いに来るための理由として会社を作ることが多いのですが、この会社は違っていました。
日本のお客さんがフィリピンで工場を作ることになって、工事の面倒を見てもらいたいと頼み込まれたようです。
今までの付き合いから、どうしても断りきれませんでした。
とはいえ、田舎の建設会社のこと、フィリピンあたりで工事をやろうなんて社員はいません。
そこで、新規に募集をしました。
どこか、海外で仕事をしていたようで少し英語は話せます。
やる気は十分。
採用を決めて、フィリピンに送り込んできました。
建設会社の社長が、電話をかけてきた副社長に『そういうわけなので、面倒を見てくれ』と頼んできました。
・・・こんないきさつだったようです。

副社長は、彼を自宅に滞在させて何かと面倒を見ていたようです。
名前を仮にSさんとしておきましょう。

『そういうことなら、いいですよ。私にできることなら相談に乗りましょう。』
その頃、大して忙しくもありませんでしたし、自分の経験が何かの役に立つのでしたら喜んで協力しようと思いました。
プレスやの副社長もそれほど深く付き合いをしていたわけではありませんでしたが、なんとなく気があって、(副社長の頼みなら仕方がないか・・・)という気持ちも働いていました。
ちなみにこの副社長とは、私がプラスチックの工場をやめた後、しばらく連絡を取っていませんでしたが、ある日ひょんなところで再開し、今ではよき釣り友達になっています。
この方も面白い人で、いろいろと武勇伝があるのですが、それはまた機会を改めて書いてみようと思っています。
話がだいぶそれてきました。

それからしばらくして、副社長とSさんと食事をしました。
マカティの日本料理屋だったと思います。
Sさんは、まだ若いがっしりとした体つきの人でした。
少し神経質なところがあって、細かいところに気持ちがいってしまって、はっきりいってあまりフィリピンで仕事をするのに向いている人だとは思えませんでした。
(この人じゃ大変だろうな・・・・)そう思った記憶があります。
とりあえず、その日は紹介だけ。
事務所の場所を教えてもらって、後日伺う約束をしました。

長くなりそうですね。
今日はこの辺で。。。



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2009年01月27日

モンテンルパの詐欺師


やってしまいました。

我が家は、この前からクッキングガスが切れていました。
マニラでは都市ガスなんてありません。
LPGを買って料理することになるのですが、これがこの前から店頭にありません。
どうやら誰かが隠しているようです。
法外な値段で売って5人が捕まったと奥さんが話していました。
本当でしょうか?

朝ごはん。
ガスがないので、パンを焼いて食べようと思いました。
メードに言いつけて皿を2階に持ってこさせて、さあパンを焼こうと思ったら・・・
なんとカビだらけでした。
(このパンいつ買ったんだろう???)
よく考えてみたら、買ったのは先週の水曜日。
ちょうど一週間たっています。

暑いマニラで一週間は致命的です。
食べなきゃ・・・と思いつつカビだらけにしてしまいました。
また、やってしまいました。。。

さて、ガスですが、おくさんが近所にガスを売っている家があると言います。
我が家から歩いていけるところです。
ボンベが違うので、ボンベも購入しなければいけないのですが、こうなってはそんなことはいってられません。
ボンベが切れてから4日目です。
卓上コンロの料理は高くついて仕方がないのです。
早速、買って来ました。

そんなこんなで、メードに朝ごはんを料理するように言いつけました。
なんともはや。。。

さあ、昔の話しと行きましょう。

ある日、出入りの運送業者がやってきました。
日本人で、その頃独立した方です。
とにかく話好きで、暇なときならともかく忙しい時に来られると閉口します。
しかも、話の中身はほとんど自慢話。
聞くほうにも忍耐が必要な人なのです。

こういう人に限って、自分は話し上手だと思っています。
手に負えませんね。

その日は、ちょっと違っていました。
私もあまり忙しくなかったので、おつきあいしました。
なんだか、怒っています。
お年寄りの日本人の引越しを頼まれたそうです。
その方は、日本で成功してある程度まとまったお金を持ってフィリピンにやってきました。
モンテンルパというところに家を立てて、車も買って、こちらで本格的に暮らし始めようとしたところでした。
モンテンルパに、日本料理屋がありました。
今はもうないと思います。
2階が針灸マッサージの治療院で、こちらは弟が経営していたそうです。
その店で食事をするようになって仲良くなったそうです。

そのオーナー、悪いやつでした。
どんな手口だったか、今となってはよく覚えていませんが、かわいそうなお年寄りの家と車をとっとと売り払ってしまいそうになっていたようです。
そんな時に引越し荷物の件で相談を受けたそうです。
話を聞いた運送会社の社長さん、だまされているとすぐに気がつきました。
そこで、悪いオーナーと対決。
被害を最小限に食い止めてあげたそうです。

結局、自慢話でした。

さて、このオーナー、後で別な話を仕込みました。
長くなりますので、日を改めて書いていきます。
お楽しみに。。。



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2009年01月25日

空に太陽、地に花・・・


昨日、魚釣りに行ってきました。

今年に入って2回目の釣りです。
いやぁ・・・

・・・疲れました。

このところ、ダメージがきついのです。
回復にすごい努力が必要です。
・・・といっても、寝ているだけのことですが。。。
今日は、朝から断続的にずっと眠っています。
いくらでも眠れます。
自分の体がおかしくなってしまったんじゃないかと思うくらいです。

それでも、ずいぶん眠ったおかげで、ようやく元気になってきました。
まだ、頭は少しボヤ〜ッとしています。
年ですね。

さぁ・・・元気を振り絞って、昔の話しに行きましょう。

どうしたわけだったかは、よく覚えていませんが、専務がプレスやさんを探していました。
『おぢさん、プレスやさん知らないかね?』
『知ってますよ。いってみますか?』
建設会社の時代に見積もりをした群馬のプレスやさんが、すぐそばで工場を操業していました。
とある商社の自動車部の紹介でした。
『いってみたいんだけど・・・』

早速、連絡を取ってみました。
幸い、先方も私のことを覚えていてくれました。
『その節は・・・』
と挨拶すると、すぐに思い出してくれ、
『お宅は高かったから・・・』
すみません。
その頃は、仕事がオーバーフロー気味で、少し高めの見積もりを出したような記憶がありました。
この会社は、その頃私が勤めていた工場と時期を前後して創業しました。
『そう、建設会社、辞めたの?いつでもいいから来なさい。』
そういってくれました。

早速、専務とふたりでアポをとって出かけました。
工場からラグナ湖の温泉リゾートのほうに向かっていく抜け道の途中です。
車で10分くらいの距離でした。
少し入り組んだところでしたが、当時現場説明会にいってましたので、場所は知っていました。
畑の中に一本道路が通っていて、そこにぽつんとあったので、すごくわかりやすかったのです。

思い出しながら懐かしい道をとおっていくと、・・・ありました。
2mくらいの塀に囲まれた、大きなゲートのある工場です。
見かけはまるで刑務所のようです。
みどり色の大きなゲートの右側に小さなゲートがあって、そこに警備員がいます。
警備員が出てきて、こちらの名前とIDカードを渡し、社長と約束がある旨を告げました。
『ちょっとお待ちください。』
そういって、警備員は工場の中に消えていきました。
しばらくすると、ゲートが開いて、中に案内されました。

ゲートを入ってすぐ左側に事務所の建物があります。
奥に工場があって、その前は庭になっていました。
事務所にはいって、挨拶をすると、社長が
『こちらへどうぞ。』
といって案内してくれました。
案内してくれた先は、大きなバンブーハウス。
20人くらいは入って話ができそうな広さです。

『この庭も、この小屋も、奥の池もみんな従業員の手作りなんですよ。』
庭のおくには、池があってそのさらに奥に小屋があります。
その小屋の壁はすべて竹。
池には噴水を作っているところでした。

空に太陽。
地に花。
くちびるに歌。
心に愛。

なんともくさいスローガンを口にします。
社長の方針だそうです。
単純な専務は、心から感動したようで、『それはすごい。』を連発しています。
私は、どうにも違和感を感じないでいられませんでした。
それは、なんともいえない形で現実になったのです。
その話はまた今度ということで。。。




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2009年01月21日

いつものアウティングの風景


久しぶりに家でのんびりしています。
昨日、姪っ子が我が家にやってきました。
おくさんのお姉さんの娘です。
もうすぐ出産です。

病院がうちから近くて、ドクターがおくさんのお友達なので、産気づくまで我が家でスタンバイということだそうです。
パンパンのおなかをしています。
こまっしゃくれたガキだった姪っ子が、ママになるんですから・・・
時の流れを感じてしまいます。

それにしても、全然生まれそうな気配はありません。
この調子で、何日も居座るんでしょうね。
相変わらずの厚かましさです。
子どもの頃とちっとも変わっていません。

さて、昔の話しと行きましょう。

この子の母親は、おくさんのすぐ上のお姉さんです。
だんなはタクシーの運転手で、最近はあまり仲がよくないようです。
昔から、思いっきりかかあ天下の家庭です。

海水浴に行くときは、よく一緒にいきました。
おくさんが一人で子供の面倒を見たり雑用をしたりするのは大変なので、ほとんどこの家族と一緒です。
もちろん、お金を出すのは全部私。。。。
仕事があってないようなものですので、いつでも暇なのです。

海水浴にいった場合、まず泊まるところを探します。
予約をして出かけるなんてことはめったにありません。
だいたい、予約したくても電話もないようなところがほとんどです。
行き当たりばったりで、荷物だけ持って出かけるのです。
行き先は車でいけるところ。

フィリピンのビーチはほとんど小汚いビーチリゾートになっています。
まず車で乗り付けて、泊まれるかどうかの確認です。
お金の交渉はお姉さんの仕事。
これまでかっていうくらい値切ります。
交渉が成立すると荷物を下ろします。
これはだんなの仕事。

私たちの家族は部屋に入って水着に着替えます。
おくさんとお姉さんは『買い物にいってくる。』といって出かけていきます。
運転はお姉さんのだんな。
近くのマーケットに買出しです。
たいていどこでも、自炊ができるようになっています。
豚肉のかたまりや魚、チキンなどを買ってきます。
それから、料理に取り掛かるのです。
お米もちゃんと持ってきていますので、ご飯だって炊いちゃいます。
それもフィリピン米と日本米の二種類。
日本米は私用です。

料理の間、私は子供たちと海で遊んでいます。
するとだんなが走り回ってバンカーボートを探してきます。
『半日でOOペソだって・・・どうする?』
とか、聞いてきます。
こっちの交渉は少し甘め。
まあ、男なんてそんなものかもしれません。

海水浴にいくときは必ず釣竿を持っていきます。
というか、釣りができないところには行きません。
子供たちはとにかく海には入れれば大喜び。
スイミングが大好きなのです。

気分が乗ったら、そのまま釣りに出かけますし、そうじゃないときでも翌日の予約をします。
『朝7時からね。。。』
翌日の朝、彼はマーケットでえさの手配。
えびか魚を買ってきます。
魚は切り身で使います。
普通はえびなんですが、アニラオなんかは魚の切り身のほうが一般的です。
この辺も場所によって特色がありますよね。

とにかく、面倒なことは全部このファミリーの仕事です。
私はお金出すだけ・・・みたいな
(≧∇≦)/ ハハハ



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2009年01月19日

台風の話 〜その4〜


年末から痛かったひざが急に痛くなくなりました。
今朝、目を覚ましたときのことです。

あれ?痛くない。。。

どうしてでしょう?
昨日は、子供たちにせがまれて遊園地に行ってきました。
広い園内を子供たちに引きずられてずいぶん歩きました。
これがよかったのでしょうか?

もうひとつ、今朝、少し暖かくなりました。
といってもマニラのことです。
20度を切るようなことはめったにありません。
それでも、前の日より2〜3度気温が高くなったような気がします。
痛かったのは寒さのせいなんでしょうか?

どちらにしても痛みがなくなったのはうれしいことです。

さて、昔の話しに行きましょう。
ずいぶん、長いことサボってしまいました。
前の話の続きといってもどこまで書いたか覚えていないくらいです。
これです。

家に着くと、我が家は大変なことになっていました。
どうやら浸水したようです。
私がようやく家にたどり着いたときには、すでに水は引いた後でした。
階段の2段目まで水がきたそうです。
家の前に停めてあった車の中にも浸水。

1階の家具は2階に上げてありました。
2階はというと、おかげで足の踏み場もないくらいです。
階段を上って狭い隙間を注意深く歩いて部屋までたどり着きます。

さらに、停電です。
ビレッジの中の電柱も倒れてしまったようでした。
そろそろ暗くなってしまいます。
暗くなる前に1階の掃除をしなければなりません。
メイドと奥さんと運転手が総出で大掃除です。

テレビのおいてあった家具は、水に使ってだめになってしまいました。
結構高かったのに、よく見ると合板のボードでした。
水でふにゃふにゃになってしまったのです。
これを張り替えるのに、おくさんの知り合いの大工を呼んで・・・
これは後の話ですね。

何とか暗くなる前に掃除も完了。
2階から家具も下ろしました。
外は停電で真っ暗です。

この頃、会社は家庭用の発電機を用意してくれていました。
めったに使うことはありませんでしたので、それようの配線はしていませんでした。
ガソリンを買ってきて、エンジンを回すとすごい音がして発電機が動き出しました。
コンセントを差し込んで、照明をつけて、扇風機を回して・・・。
こんな日々が1週間近く続いたのです。
ひどい災害だったので、復旧するまで時間がかかったのでした。

次の日、『会社に行くの?』というおくさんの冷たい目にさらされながら、出社しました。
工場のほうも心配です。
屋根がめくれて工場の中でも雨が降っていたわけですから、いくら応急措置をしたとはいえ、かなりダメージがあるはずでした。
幸い、被害はさほどひどくなってはいませんでした。

電話で知り合いのところに聞いてみると、どの会社も似たようなもの。
ほとんどのところで屋根が飛んでいます。
すさまじい台風だったのでした。



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2009年01月13日

サボってしまいました。。。


気がついたら1月も3週目に突入です。
長いこと、ブログを更新するのをサボってしまっていました。
特に意味はなかったのですが・・・。

楽しみにしている人(いるのかな?)、
f(^_^; スンマセン
また、できるだけ更新していきますので、よろしくお願いします。
ちょっとペースは落ちるかも?

というわけで、昔の話です。

せっかくですので、お正月の話。
長女が1歳くらいの頃の話ですので、今から15〜6年前のことです。
年末も年の瀬が押し迫った頃に長女が熱を出しました。
セキもゴホゴホ。
大晦日の晩、いつものように親戚がやってきてごちそうを食べて馬鹿騒ぎをしています。
普段は、我が家はアルコール禁止なのですが、この日だけは特別です。
アルコールは、私がめったに飲みませんので、基本、我が家には置いていません。
長女も、まだまだ元気でした。
たくさんのおばさんや年上のいとこに囲まれてはしゃいでいました。

花火も一段落して、さあ寝ようという頃。
長女がぐったりしてきました。
はしゃぎ疲れて少し早めに眠っていたのですが、気がつくと様子が変です。
手を当てるとすごい熱、セキも出てきました。
熱を測ると39度くらいあったと思います。

『これはいかん。』というわけで、マカティメディカルの救急へ。
まだ花火の煙が残る中、長女を連れて出かけていったのでした。
道端では、まだ残った花火に火をつけている連中もいます。
たぶん3時近かったと思います。

ERは、すごい人でごった返していました。
花火で手を飛ばした人や頭から血を流した人とか続々とやってきます。
長女は、セキがひどかったので、吸入器の治療を受けていました。
ぜん息の発作が出たのです。
熱さましを処方してもらって飲ませたので、熱は納まってきました。
吸入器で発作を抑えている間にも、続々と人がやってきます。
長女と同じように花火の煙を吸い込んで、セキが止まらなくなった子供たちもいます。

『こんなところに長くはいられない。。。』
ERは、まるで戦場のようでした。
この年、花火で死人が10人近く出たように思います。
まだまだ、正月気分で銃をぶっ放すようなこともあるときでした、
最近では、銃を撃つ人は少なくなったようですが、それでもまったくいないというわけではありません。
今年は、幸い死亡した人はいなかったようです。
それにしても元旦のER、なかなかすごいところです。

そんなわけで、今年もよろしくお願いします。
(・・・どんなわけなんだろう?!)



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