2008年12月06日

三女が産まれたときのこと 〜その3〜


今日は、久しぶりに子供たちをつれて打ちっぱなしに行ってきました。
二女が、あわてていたのか、手袋を忘れたといいます。
仕方がないので、プロショップにいって手袋を買いました。
三男の手袋も有り合わせで安物を買ってあげたきりなので、相当情けない姿になっています。
そこで、三男の分も。
普段私は手袋をしません。
練習のときは、かなり数を打つので、手が痛くなってしまいます。
そこで、練習用に私の手袋も買いました。

明日は手袋をしてゴルフしてみようかな?
たまには気分が変わっていいかもしれませんよね。

そんなわけで、昨日の続きといきましょう。

三女の出産が近づいてきた19日、おくさんを連れて病院にいきました。
次男がついてきてくれたと思います。
軽く診察を受けて、おくさんはそのまま分娩室へ。
我が家の出産は全部こうです。
分娩室直行型!ですね。

しばらくは出てこないことはわかっていますので、こちらも病院で入院する部屋の手配。
なれたものでした。
部屋を手配して、準備ができたらそのまま部屋に行きます。
部屋でテレビを見ながら、ベッドに腰をかけてごろごろしていました。
暇つぶしに読む本も厚めのやつを一冊用意していく周到さです。

産まれてきたのは、夜が明けてからのことでした。
1996年7月20日。
アトランタオリンピックの開会式の日でした。
その頃、フィリピンのケーブルテレビは、まだBSが映っていました。
今では、NHKワールドが見れるくらいです。

病室の14インチのテレビで開会式を見ていると、おくさんが運ばれてきました。
それからしばらくして、赤ちゃんも病室に。。。
上の子のときは、赤ちゃんは保育室に直行でしたが、三女のときだけ、どうしたわけか母親のベッドのそばで寝せるようになっていたのです。
『何で?』と聞いたら、マニラ市の方針が変わったそうです。
そんなのまで行政が決めるのかい?・・・みたいな感じがしましたけど、何があってもおかしくないフィリピンです。
いずれにしても、大きな女の赤ちゃんでした。
おなかの中に十分、いたので、すっかり育っています。

さらに、母乳で育てなさいといわれました。
これもマニラ市の方針だそうです。
まったく余計なお世話ですよね。
結果的に、三女だけ母乳で育てられました。
他の子供たちはみんなミルク。
おかげで、しっかりした子供に育っています。

やっぱり赤ん坊は、母親のおなかの中にしっかりいることと、母乳で育てること。
これってすごく大事ですよね。

それにしても、そんなところまで決めるなんて。。。
なんか変ですよね?
(≧∇≦)/ ハハハ








人気ブログに登録しました。
ぽちっとお願いしますね!
左斜め下左斜め下左斜め下左斜め下左斜め下
banner_02.gif
 
posted by マニラのおぢさん at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。