2008年12月28日

メリークリスマス


気がついたらクリスマスも終わってしまいました。
フィリピンのクリスマスはまだ終わっていません。
年が明けて、スリーキングスデーという日までがクリスマスなのです。
世界中で一番クリスマスが長い国かもしれませんね。

今年のクリスマスは、いつものようにゴルフ。
さすがにこんな時にゴルフ場に来ているフィリピン人はいません。
クリスマスは家族と過ごす日なのです。
日本人はほとんど、日本に帰ってしまいました。
フィリピンで長期休暇というのはめったにありませんので、クリスマスから新年にかけての休暇はとても大切。
ほとんどの人が日本で正月を迎えるというわけです。
寒いところに帰るの大変ですよね。
気温差30度以上、体もおかしくなってしまいます。

24日は、カンルーバンでゴルフでした。
今年最後の大たたき。
谷という谷、池という池にボールを入れまくりました。
何個ボールをなくしたかわからないくらい。
最初のハーフで71という信じられないひどいスコアでした。

後半のハーフは何とか持ち直して48。
119というのは今年最悪のスコアでした。
今年最悪というよりも、ここ何年かで記憶にないくらいのスコア。
後半で、少し悪いところに気がつきました。
要するにタイミングですね。
タイミングが崩れるとへんなところに力が入って・・・・。
まあ、下手な解説は止めにしましょう。

家に帰ってしばらく昼ね。

10時頃に子供たちが教会にミサにいきました。
おくさんはすでにお休み。
私も眠かったのでベッドにもぐりこみました。
12時頃、『クリスマスだ〜』という子供たちの声がします。
『プレゼント明けてもいい?』
『パパ、クリスマスだよ!』
入れ替わり子供たちが起こしに来ます。

12時に教会からかえってきてご馳走を食べるのが習慣なのです。
ちなみに、このご馳走を『ノチェブエナ』といいます。
いつもは、この時間まで起きているのですが、今年は起きられませんでした。
おくさんは、ちゃっかり起き出してご馳走を食べたようです。
子供たちに4回くらい起こされましたが、結局あきらめた様子。
そんなわけで、ご馳走を食べないクリスマスになってしまいました。

25日は4時半おき。
そのままゴルフです。
前の日の改善点に注意して、ラウンドしたらうまくいきました。
スコアは47の44。
前の日よりも28打の改善です。
これだからゴルフってわからないですね。
止まっているボールを打つだけなのに。。。

家に帰ると我が家は大変なことになっていました。
小さい子供たちで足の踏み場もないくらい。
おくさんの親戚や兄弟が一挙にやってきました。
ジープニー2台に分乗してのクリスマス挨拶です。
大量に買ったプレゼントも少し足らなくなったくらいでした。

子供たちが私にも『メリークリスマス』と声をかけてきます。
『お前は誰だ?』これだけ子供が多いと全然覚え切れません。
まあ、あんまり覚える気もないんですけど・・・・。
『これは何とかという名前で、だれそれの何番目の子だよ・・・』
三女が私の脇で解説してくれました。
『そっかそっか。』
まったく聞き流してしまいました。

そのまま、またも昼ね。
目を覚ますと今度は誰もいません。
おくさんも子供たちも行方不明。
唯一のこっていた長男が、
『みんなでおばさんのところにいったよ。ジープニー2台で・・・。ママも一緒。』
次の犠牲者はおばさんでした。

しばらくすると、ぞろぞろ帰宅。
10時過ぎまでこんな状態が続いたのでした。

メリークリスマス。。。



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2008年12月22日

台風の話 〜その3〜


クリスマスだというのに、いまひとつ盛り上がりません。
今年はクリスマスパーティを取りやめにした会社もたくさんあります。
お客のところにいっても暗い話ばかりです。

どこどこの会社は正社員を200人解雇するとか、従業員の任意退職を募集したとか、そんな話ばかりです。
世界的な不況の波がフィリピンにも押し寄せてきています。
特に、輸出企業が真っ先に反応しています。
お客からのオーダーが軒並み減少しているのです。
犯罪も増えてきているし、凶悪化しています。
今までは、殺すまでしなかったところが平気で殺されてしまっています。
年末年始の休暇を利用してフィリピンに遊びに来ようと思ってるあなた、十分注意してくださいね。
3ヶ月前のフィリピンとは全然違いますよ。

というわけで、昔の話です。

ものすごい雨と風の中、会議室で対処方法を検討していました。
すると、うそのように晴れ上がったのです。
台風の目に入ったのでした。
青空さえ見えています。

さて、どうしようか?
台風が通り過ぎたわけではありません。
台風の目ですから、2時間もすればまた暴風雨が襲ってきます。
従業員が帰る途中で、事故にでも巻き込まれたら大変です。
『1時間で家につけるものは帰りなさい。それ以上とおくのものは、会社にこのまま残って台風が完全に通り過ぎるまで会社で非難していなさい。』
という、指示を出しました。
近くのものから続々と帰り始めました。

ある程度の人間が帰った後、残っている従業員を集めて、遠くのものは台風が通り過ぎるまで外に出ないように改めて指示を出しました。
さて、日本人もいつまでも会社にいるわけにもいきません。
会社に出ていたローカルの一番トップの人間たちを集めて、細かく指示をしてから帰ることにしました。
自分たちの家がどうなっているのかも心配です。

さて、意を決して工場を出発しました。
こんな天候の時に高速道路を走るのも心配ですし、何よりとても怖かった。
とりあえず、いけるところまで行こう!みたいな感じでした。
車もできるだけ一緒に連なって走ろうと決めました。
集団下校の車版ですね。

工場を出て、高速道路に乗るところですでに冠水しています。
乗用車で通れるかどうかぎりぎりの感じでした。
車の後部座席で、かばんをまずシートに載せます。
次に靴を脱いで両手に持ちます。
足は、シートの上であぐらをかきます。
足元まで水が入ってきてもよいように準備をするのです。
『さあ、行け!』
何とか高速道路に乗ることができました。
それからが大変です。
車はほとんど通っていません。
こんな日に車で走っているなんて、ある意味キチガイ沙汰です。
高速号路の両側の木はほとんど倒れていました。
直径1mを越えるような大きな木まで、きれいに同じ方向に倒れています。
道路を半分以上ふさいでしまっていて、何とか車1台が通れるようなところがいくつもありました。
いたるところで、冠水しています。

結構時間はかかりましたが、何とか家にたどり着くことができました。
ひどい一日だった。。。

もうちょっと続きます。たぶん。。。


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2008年12月19日

台風の話 〜その2〜


子供たちは、昨日で期末テストが終わりました。
今日は、クリスマスパーティです。
さすがはクリスチャンの学校です。
全校あげて、クラスの中でクリスマスパーティ。
私服で登校していきました。

運転手があわてて帰ってきました。
二女が校舎の中に入れなかったそうです。
IDカードを忘れたのです。
普段の日なら、注意だけで中に入れてくれるのですが、今日は制服を着ていない日なので厳しく追い返されてしまいました。
クリスマスパーティなので、いろんな人が学校にやってくるといけないので厳しくしているとのこと。
学校に子供を預ける親の身としては、厳しくしてくれたほうがありがたいですね。
クリスマスが近くなるといろんな事件が起きますし・・・・。
二女は、ガードのところでまっているそうです。
運転手がIDカードを持って走っていきました。
あんなにたくさん、プレゼントやジュースを持っていったのに・・・。
遅刻ですね。
パーティだけの日なので、どうということはありません。

さて、昨日(?)の続きといきましょう。

いつものように工場に出勤して、いつものようにタバコが吸える会議室で打ち合わせをしていました。
打ち合わせといっても、雑談に近いものです。
出勤率が気になります。
まだ台風の被害は出ていなかったので、ほとんどの人が出勤していました。
雨はだんだん激しさを増してきました。
時折、バ〜ンとすごい音がします。
風が強くなってきたのです。

会議室から、駐車場が見えます。
駐車場までの距離は約10mくらい。
8mの取り付け道路の向こう側です。
10時頃だったでしょうか?
何気なくタバコを吸いに会議室に入りました。
『すごくなってきたね・・・・』
『ホントだ。』
見る見るうちに風雨が強くなってきました。
雨で視界がまったく利きません。
10m先の駐車場が見えなくなってしまったのです。

『おい、見てみろよ!』
電線が、風にあおられてスパークしています。
『やばくない?』
『・・・・・』
ど〜んとすごい音がして、電気が消えました。
停電です。

『大変だ!』
ローカルの従業員が飛び込んできます。
『何だ?どうしたんだ?』
とりあえず、後をついていきました。

工場に入ると屋根がめくれて、風でバタバタいっています。
めくれたところからものすごい雨が工場の中に・・・。
機械がぬれています。
従業員が一生懸命機械をカバーしようとして、シートをかけています。
ブルーシートなんてそんなに工場には置いていません。
従業員たちは、ビニールの袋に穴を開けて頭からかぶっていました。
簡易のポンチョです。
工場の中でも、雨具がないといられない状態でした。
何とか機械をカバーしましたが、だいぶぬれてしまいました。

以前にもすごい台風は何度か来ましたが、屋根が飛んだのは初めてでした。
屋根からは、滝のように雨が入り込んでいます。

ローカルの従業員に監督を頼んで、緊急会議です。
従業員を帰すべきかどうか?
もちろん、工場にいてもすることはありません。
電気が来ていないのですから・・・。
非常用の発電機は持っていましたが、屋外に設置してあり、そこまで近づけません。
発電機を回しても被害を大きくする可能性が高くなるだけだという判断で、動かすのは止めています。
今、外に出るのは危険だ。
もう少し様子を見よう。。。
そんな結論でした。

緊迫してきましたね。
この日は、本当に怖かったんですから。。。
というわけで、続きます。




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2008年12月17日

台風の話 〜その1〜


クリスマスですね。
昨日から、シンバンガビという早朝ミサが始まりました。
12月16日から10日間、早朝のミサです。

長女は教会で賛美歌を歌うようになっています。

初日の昨日。
見事に寝坊しました。
結局、ミサには参加せず。
代わりに誰が賛美か歌ったんでしょう?

今朝、いつものように娘を起こしにいったら長女と二女のベッドはもぬけの殻でした。
どうやら今朝は間に合ったようです。
よくよく話を聞いてみたら、二女が先に起きて長女を起こしたみたいです。
まったく、困ったものです。

さて、昔の話しに行きましょう。

今年は台風がそんなに来ませんでした。
12月に発生する台風は、たいていマニラを直撃します。
まだ12月は終わっていませんので油断はできませんね。
それにしても、今年は少し気候が変です。
地球温暖化の影響でしょうか?

さて、台風のお話です。
一番すごかった台風は10年ちょっと前だったでしょうか?
それまで台風のシグナルというのは3が最高だと思っていました。
その日シグナル4が出ました。
えっ4ってあるの?

そんな感じでした。
前の日から少し雨が降っていました。
朝、ちょっと雨が降っていましたが、いつものように工場にいきました。
子供たちの学校はすでに休校措置が発表されていました。
とはいっても、ちょっとの風雨で学校は休みになってしまいます。
ここの天気予報はまったくあてにならないのです。

台風が直撃するといって、休みになったのに一日中晴れていて、次の日になって台風がいなくなったからといって学校が再開したら、台風が前線を刺激して大雨になったなんてことがしょっちゅうあります。
もう少し精度を上げてくれないと困りますよね。

話を戻しましょう。
工場までは無事いつもの通り到着しました。
途中、少し雨が降っていたくらいです。
これが後で、やっぱり行かなきゃよかった・・・と思うことになるわけです。
とにかくこの日はひどかったのでした。

う〜ん。いいところで続きますね。
(≧∇≦)/ ハハハ




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2008年12月16日

運転手をしかりつけた話 〜その2〜


おくさんはリューマチだそうです。
知り合いにリューマチの大先輩がいます。
この前、食事をした時にいろいろ聞いてきました。
『豆』が一番よくないんだそうですね。

そういえば、おくさん、この前『納豆』をはじめて食べてからすっかりはまってしまっていました。
以前はそのにおいのせいで口にもしなかったのですが、私と娘がおいしそうに食べているのを見て食べてみたらおいしかったらしく、すっかりはまってしまったのです。
この辺が中年女性のあつかましさですね?
年とともに味覚や好奇心が変わったのです。
それ以来というもの、毎朝のように納豆を食べていました。
これが発病の原因?だとは思いませんけど、物事には限度というものがありますよね。
いくらおいしいからといって毎朝はいけないのかも?
私も一緒になって毎朝食べていたのですが、別になんともありません。

もうひとつ、コーヒーもよくないんだそうです。
ちょっと考えればわかりますが、コーヒーも『豆』なんですね。
リューマチの人、気をつけてくださいね。

さて、昔のはなしと行きましょう。

運転手を雇ってしばらくしてのこと、メガモールに買い物に行く用事がありました。
何でそんなところにいったのか、良く覚えていません。
一緒にいったのがイグレシアおやじ。
日ごろえらそうな口を聞いていました。
運転手のしつけにも一言あって、『なめられちゃいけない。』とかいってましたね。
『俺はきちんとしている。』みたいな感じだったのでした。

さて、その頃のメガモールは、半地下のようなところに入り口がありました。
そこで降りて中に入ります。
なんだったかよく覚えていませんが、用事を済ませて『さあ、帰ろう』と中に入った同じ入り口から出てきました。

運転手が見当たりません。
しばらくまっていましたが、まったく現れる気配がないのです。
仕方がないので探しに駐車場へいきました。
駐車場をうろうろして、ようやく見つけました。
半地下の入り口で下りたのに、1階の屋外駐車場に駐車していたのです。

いらっときました。
メガモールの入り口のところにやってきた運転手に向かって、怒鳴ってしまいました。
『お前と俺とボスはどっちだ?お前がボスを探すんだ!俺がお前を探すんじゃない!!』
これ、イグレシアおやじの口売りです。
『俺はいつもそうやってるんだ。』みたいなことをいってました。
新米運転手君、ただひたすら謝っていました。

で、帰りの車の中で詳しく話を聞いたところ、イグレシアおやじの運転手が『こっちに停めてまっていればいい。』といったんだそうです。
よく考えればそうですよね。
あっちは、ベテランの運転手で、こっちは入ったばかりの新米です。
先輩運転手が『こっちで・・・』といったらそれでいいと思いますわな。
要するに、日本人の間では大口をたたいていたイグレシアおやじ、運転手をきちんと管理できていなかったというわけでした。

この人、実はこういうことが多かった。
それでも、この日以来、新米運転手のJJは、私のことを常にみていてくれるようになりました。
会社の中でも一番気の利く運転手になってくれたのです。
フィリピン人にだって、こういう人いるんですよ。
(≧∇≦)/ ハハハ



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2008年12月14日

運転手をしかりつけた話 〜その1〜

おくさんの診断はリューマチでした。
レントゲン写真を見ながら、ここにどうのこうのと説明してくれましたが、まったく理解できません。
知り合いのドクターなので、そういうことにしておきましょうという感じです。
とりあえず薬を出してくれました。

最近、知り合いが思い病気にかかったりしたことがあったので、おくさん、原因不明の腰痛にかなりナーバスになっていました。
リューマチというのも本当はかなり厄介な病気なのですが、その診断で安心した様子。
あまり痛みを訴えなくなりました。
もちろん、処方していただいた薬が効いていることもあるのでしょう。
(いわれた通りには飲んでいません。)
精神的な部分がいかに体に影響を及ぼすのかっていう典型ですね。
とりあえず、ほっとしました。

さて、昔のはなしと行きましょう。

新しく運転手を雇うとまず私のところに回ってくることが多くなりました。
理由は、私がよく道を知っていることと言葉に不自由しないことの二点です。
それはそうですよね。
このときすでにフィリピン滞在が10年を越えていました。

新しい運転手は、JJという名前でした。
まだ25、6だったと思います。
副社長の運転手の紹介でした。
といっても、近所に住んでいたというだけ。
フィリピン人の紹介というのはこういうケースが多いので、まったく無責任です。
皆さんも注意してくださいね。

雇ってすぐのことでした。
日本大使館に行く用事がありました。
その頃の日本大使館は、今のところに移転する前で、ジュピターどおりとマカティアベニューの交差点の近くのビルに間借りしていました。
ビザの発給を待つフィリピン人とそれを食い物に仕事にしている胡散臭そうな人たちがジュピターどおりのビルの前にうろうろしているところです。

車を降りて、大使館の中に入ります。
日本大使館ですので、日本人は基本的にフリーパス。
さっと中に入っていきました。
用事を済ませて帰るときです。
出口で運転手が待っていました。
『駐車料金を15ペソ(だったかな?)ください。』といいます。
いわれたとおり支払うと、そのお金を持って車のほうにいきました。
しばらくすると車が私のところにやってきて乗せてくれます。
『おい、領収書は?』
『ありません。』
『何でないんだ?』
『レストランの前に停めてもらったから・・・』
『何でそれで金払うんだ?』
『・・・・・・』
『まあ、いい。今度からは、タバコの裏紙でも何でもいいから払ったら領収書を必ずもらいなさい。』
『Yes,Sir...』 
こういう感じでした。

JJ、最初のうちは、ずいぶん私にいろんなことを言われました。
続きます。。。



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2008年12月10日

運転手を雇うのも大変です。


今日はよい天気になりました。
だいぶ暖かい日です。

昨日の夕方のことです。
『パパ、何時にかえってくるの?』
二女からテキストメッセージが入りました。
ちょうど帰るところで、ビレッジのゲートに差し掛かったところでした。
『今、ビレッジのゲートだよ!』
テキストを返しました。

家に着くと、二女が飛んできました。
『おかえり。』
我が家で通じる数少ない日本語のひとつです。
『何でテキストしてきたの?』
ここからはタガログ語の会話です。
『ままが腰が痛いっていってる。』
この前と同じです。
少し調子がよかったので、薬を飲んでいなかったようです。
糖尿病の薬も飲んでいますし、かなりきついので、勝手に飲むのを辞めてしまっていました。
少し前に痛み止めを飲んだようですが、痛くてたまらない様子。

ドクターにすぐ電話をしました。
『夕食をとってから病院にいって入院しなさい。明日、検査をしましょう。』
といわれたようです。
そうこうしているうちに、痛み止めが効いてきました。
だいぶ、楽になってきた様子です。
晩御飯を食べる頃にはすっかり元気。
もう一度、ドクターに電話をして、
『今晩は病院に行きません。だいぶ楽になったので、明日にします。いろいろすみません。』
と電話を入れました。

今朝は、言われたとおり痛み止めを飲んでいます。
おかげで痛みはなくなってきている様子。
結局、病院にいくのを辞めてしまいました。
まったく人騒がせでわがままな患者です。
たぶん、風邪と疲れからくる筋肉痛です。
とにかくフィリピン人は痛みに対して我慢することができません。
大騒ぎするのです。
困ったものです。。。

また、前置きが長くなってしまいました。
少し昔のはなしをしましょう。

工場長が、そうやって頻繁に運転手を変えるため、会社では常に新しい運転手を雇わなければなりません。
その頃は、まだまだ運転手はたくさんいて、募集をかければいくらでも応募してきます。
中には、かなり怪しげな運転手もいます。
ひどいのになるとほとんど運転ができません。
テストドライブというときに、緊張のせいかエンジンをかけて発進するときにノッキングを起こしてエンジンを止めてしまうなんていうのはよくあるはなし。
ひどいのは、それを何度も繰り返します。
エンジンがかかっているのにセルモーターを何度も回したり、思いっきりふかしたり、急発進したりととにかくテストドライブも一苦労です。
挙句の果てに、『この車が悪い!』と捨て台詞をはいて二度とかえってこないなどということもありました。

ジープニーの運転手とかタクシーの運転手というのも応募してきます。
まず、運転の姿勢で一目でわかります。
運転席を極端に前にして、ハンドルがほとんど胸につくような感じで運転します。
窓ガラスに顔を思いっきり近づけて、乗客を拾う姿勢ですね。
運転させるともっとわかります。
アクセルをふかしたり戻したりというのを何度も繰り返します。
ジープニーというのは、古いエンジンですので、たぶんこういう運転をしないとエンジンがとまってしまうのでしょう。
後ろに乗っていると気持ちが悪くなってしまいます。

長くなってしまいました。

今日はこの辺で。。。



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2008年12月09日

運転手を3ヶ月でチェンジする人!


12月に入って急に冷え込んできました。
今朝の温度は24度。
日本に比べればずいぶん暖かいのですが、私のようにこちらに長くなると寒く感じられます。
こちらの人はこの季節をWinterと呼びます。
私も普通にそう呼んでいます。

マカティには大きなオフィスビルが立ち並んでいますが、ほとんどのところは『何でこんなに寒くする必要があるの?!』というくらいガンガンにエアコンを効かせています。
ですので、この季節はジャケットが欠かせません。
なんか変ですよね?

さて、昔のはなしです。

運転手のはなしをしてみましょう。
フィリピンでは、運転手を雇うのが一般的です。
人件費が安いことと無謀なドライバーが多いこと、事故の対応に時間がかかること、道路が悪いことなどいろいろな理由が考えられます。
日系の企業では、駐在員に車の運転を禁止しているところがほとんどだと思います。
中には、免許の取得さえ禁じているところもあります。

私は、前に書いたかもしれませんが、1988年に免許を取りました。
初めて運転したときに、レガスピビレッジの公園のそばの細い通りで、つい左側を走ってしまっていてはっとした記憶があります。
ちなみに、フィリピンでは車両は右側通行です。
日曜日で車も走っていなかったので大事には至りませんでしたが、ちょっとぞっとしました。
今、日本に帰って車を運転すると、つい右側にはいってしまうんでしょうね。
これもまたこわいことかも・・・・?

お酒の好きな人は、運転手がいる気軽さで毎晩のように夜の街に繰り出したりします。
この時代の人たちは、それでも気持ちのどこかに『マニラは怖いところだ。。。』という警戒心が残っていたようで、記憶をなくすまで飲んでしまう人はいませんでした。
最近は、フィリピンが身近になったせいか、警戒心が薄れてきているようです。
泥酔して何も覚えていないというはなしもちらほら聞くようになりました。
危ないですよね。

工場長もお酒と女が大好きでした。
ただ、他に漏れることを極端に警戒していて、『あそこに女がいる』とか、『どこの店に毎晩通っている』とか言ううわさはきこえてきませんでした。
それもそのはずです。
なんと彼は3ヶ月ごとに運転手を変えていたのです。
工場長の運転手として雇われると、3ヶ月たった頃に、クビを言い渡されます。
まだ試用期間中ですので、『態度が悪い』とか、『大事な用事に遅れてきた』とか、『いうことを聞かなかった』とか、使用者が個人のようなものですので、いくらでも難癖を付けられます。
工場長は、人事部長に『運転手、クビにして新しいのを雇ってくれ』というだけですので簡単です。
人事部長も心得たもので、『そろそろかな・・・』というわけで3ヶ月たつ頃には次の運転手をストックしていたりします。
まだまだ、運転手はたくさん余っていて、募集をかけると20人も30人も応募がありました。
今ではちょっと考えられませんね。

たいてい、こうしたはなしは運転手からもれてきます。
例えば、カラオケにいったりして、中で飲んでいる間、運転手は外で待っているわけです。
そんな運転手がお客の数だけ店の前にいるのです。
何日か通っていれば顔見知りにもなります。
『おしゃべり』が始まるのは、考えてみれば当たり前です。
フィリピン人の場合、おしゃべりに顔見知りである必要はありません。
初めて会った人でも、ものすごく親しげにおしゃべりを始めます。
それも『そんなことまでしゃべっちゃっていいのか?』ということまで・・・。
まったく油断もすきもありませんよね。
運転手を雇っている限り、行動の秘密は確保できないと思ったほうが正解かもしれません。

『どこそこの何とかさんの車がある。』
『そっか、じゃあ、今日はやめて別の店に行こう。』
『最近、毎晩だそうです。』
などという会話が運転手との間で交わされるのです。
これもまた怖いはなしかも。。。
(≧∇≦)/ ハハハ



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2008年12月06日

三女が産まれたときのこと 〜その3〜


今日は、久しぶりに子供たちをつれて打ちっぱなしに行ってきました。
二女が、あわてていたのか、手袋を忘れたといいます。
仕方がないので、プロショップにいって手袋を買いました。
三男の手袋も有り合わせで安物を買ってあげたきりなので、相当情けない姿になっています。
そこで、三男の分も。
普段私は手袋をしません。
練習のときは、かなり数を打つので、手が痛くなってしまいます。
そこで、練習用に私の手袋も買いました。

明日は手袋をしてゴルフしてみようかな?
たまには気分が変わっていいかもしれませんよね。

そんなわけで、昨日の続きといきましょう。

三女の出産が近づいてきた19日、おくさんを連れて病院にいきました。
次男がついてきてくれたと思います。
軽く診察を受けて、おくさんはそのまま分娩室へ。
我が家の出産は全部こうです。
分娩室直行型!ですね。

しばらくは出てこないことはわかっていますので、こちらも病院で入院する部屋の手配。
なれたものでした。
部屋を手配して、準備ができたらそのまま部屋に行きます。
部屋でテレビを見ながら、ベッドに腰をかけてごろごろしていました。
暇つぶしに読む本も厚めのやつを一冊用意していく周到さです。

産まれてきたのは、夜が明けてからのことでした。
1996年7月20日。
アトランタオリンピックの開会式の日でした。
その頃、フィリピンのケーブルテレビは、まだBSが映っていました。
今では、NHKワールドが見れるくらいです。

病室の14インチのテレビで開会式を見ていると、おくさんが運ばれてきました。
それからしばらくして、赤ちゃんも病室に。。。
上の子のときは、赤ちゃんは保育室に直行でしたが、三女のときだけ、どうしたわけか母親のベッドのそばで寝せるようになっていたのです。
『何で?』と聞いたら、マニラ市の方針が変わったそうです。
そんなのまで行政が決めるのかい?・・・みたいな感じがしましたけど、何があってもおかしくないフィリピンです。
いずれにしても、大きな女の赤ちゃんでした。
おなかの中に十分、いたので、すっかり育っています。

さらに、母乳で育てなさいといわれました。
これもマニラ市の方針だそうです。
まったく余計なお世話ですよね。
結果的に、三女だけ母乳で育てられました。
他の子供たちはみんなミルク。
おかげで、しっかりした子供に育っています。

やっぱり赤ん坊は、母親のおなかの中にしっかりいることと、母乳で育てること。
これってすごく大事ですよね。

それにしても、そんなところまで決めるなんて。。。
なんか変ですよね?
(≧∇≦)/ ハハハ








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2008年12月05日

三女が産まれたときのこと 〜その2〜


夕べ、夕食の後に来客が2件ありました。
最後のお客が帰ったのが10時過ぎです。
2階に上がって、さあ寝ようか、と思ったら、おくさんが腰痛を訴えました。
だんだんひどくなってきて、どうにも我慢ができなくなったようです。

近所に住む中のよいドクターに電話をしました。
このドクター、9時過ぎには寝てしまいます。
迷惑を承知で、『大丈夫、こういうときは文句を言わないから・・・』とおくさんにいって電話をさせました。
すぐに、クリニックのある病院のERにいって検査を受けなさいといわれました。
いったらすぐわかるように電話をしておくから、ということでした。

さっと着替えて指定された病院に。
おくさんのお母さんが脳梗塞で入院した病院です。
病院について、ドクターの名前を言うとアシスタントのドクターが出てきてくれました。
症状を聞いて、レントゲンと尿検査をしました。
診察の結果は電話でドクターのところに。
検査の結果はいずれも正常で、痛み止めをもらってかえってきました。
結局なんだったのか、よくわかりません。

先週末から、いろいろと動いていましたので、一気に疲れが出たのだと思います。
家に着いたのが1時頃。
おなかがすいたというので、パンを食べて痛み止めを飲んで寝ました。

この痛み止め、相当きつい薬で、今朝は副作用と思われるめまいと眠気で大変です。
痛いといっては文句を言い、薬がきついといっては文句を言います。
病人っていうのはそんなものかもしれませんね。
腰痛はどこかにいってしまったようです。
大事にならなくてよかった。
それにしても・・・・疲れました。

ちょっと前置きが長くなってしまいましたね。
さて、昔のはなしに行きましょう。

薬で陣痛を止めてから、三週間後のことです。
いよいよおなかも大きくなってきました。
いつ出産になってもおかしくありません。

病院は、メディカルセンターマニラ。
UNアベニューとTAFTアベニューの交差点の近くにある病院です。
長女と二女もここで出産しました。
ドクターも同じドクターです。

土曜日の夜、陣痛がやってきました。
入院セットはもう準備してあります。
女の子ということはもうわかっていましたので、産着や退院するときの服まで準備は万端です。
私のほうも3回目なので、もうベテランです。

出産のときってすごく出血します。
分娩室を出て病室に移ってからも相当量の出血があります。
このため、大人用のオムツも準備していました。
これが一番、血を吸ってくれるのです。
もちろん、赤ちゃん用のオムツも忘れちゃいけません。
そのほかに、赤ちゃん用の手袋や靴下、ぼうし、それにへそをくるむ布なんかも必需品です。

7月19日の深夜、こうして入院したのでした。
今日は、前置きが長すぎましたね。
ちょっとハンセイです。

というわけで、続きます。。。



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posted by マニラのおぢさん at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

三女が産まれたときのこと 〜その1〜


12月です。
1年がたつのもあっという間ですね。
年とともに時間のたつのが早く感じられます。
ラストスパートというところでしょうか?

フィリピンも日が短くなって寒くなってきました。
夕方、5時半にはもう暗くなってしまいます。
『寒い。寒い。』というと他の日本人にバカにされます。
『涼しくて気持ちがいいじゃないか?おぢさんおかしい!』とかよく言われます。
20年もいるとこちらの気候にすっかりなれてしまうのですね。
フィリピン人が、Winterと呼ぶ季節がぴったりくるんです。
そろそろジャケットを引っ張り出さなきゃ。。。

少しブログも放置気味になってしまいました。
世界中の景気が冷え込んだおかげで、私の身の回りもちょっと大変な雰囲気になってきています。
アメリカに責任を取ってもらいたいものですね。
早く回復してくれることを祈るしかなさそうです。

元気を振り絞って、昔のはなしに行きましょう。

ちょうどアメリカ人が帰ってから2〜3日たった日のことでした。
おくさんは三女の出産を控えて大きなおなかでうろうろしていました。
うろうろといっても、どこかに出かけて行ったりとかそういう意味ではありません。
家の中でごろごろしているのですが、見た感じはうろうろがぴったりの表現という感じでしょうか?
おなかもすっかり大きくなっていました。

余談ですが、こちらの人は腹帯というのをしません。
日本ですと、腹帯でおなかの赤ちゃんがあまり大きくなるのを防ぎます。
それにおなかの安定と、まさに一石二鳥ですよね。
おくさんもそうなのですが、もともとフィリピン人は体が大きくありません。
なので異常におなかが大きく見えるものです。

はなしを戻しましょう。
アメリカ人が帰ってから2〜3日たった日のことです。
おくさんが、おなかがいたいと言い出しました。
予定日まではまだ1ヶ月近くあります。
長女と二女のときは、分娩室直行でした。
そこで、入院セットを準備して、産科の先生に電話をして予約を入れてから病院にいきました。

産道が少し開いていました。
3cmくらい。
まだ赤ちゃんは十分育っていません。
『薬で分娩をとめる。』といいます。
・・・止まるものなのですね。
少し、クリニックで薬を処方して安静にして、落ち着いたのを見てからその日は帰宅できました。

今日はこの辺で。。。
続きます。
(≧∇≦)/ ハハハ



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posted by マニラのおぢさん at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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