2008年11月24日

アメリカ人がやってきた 〜その3〜


そろそろクリスマスですね。
フィリピンでは、今からクリスマスのはなしをしても誰も不思議に思いません。
どうしても抵抗が少しありますね。
まだ、メリークリスマスって言わないでほしい。。。
プレゼントちょうだいって聞こえて仕方がありません。
(≧∇≦)/ ハハハ

さて、昔のはなしです。

翌日、アメリカ人をふたり連れて観光にいきました。
市内観光です。
マニラというのはそれほど歴史のあるところではありません。
一通りみてもあっという間に終わってしまいます。

まずは、イントラムロスへ。
ここはスペイン時代の城塞都市です。
フォートサンチャゴにいって、マニラ大聖堂を見て、サンオーガスチン教会を見るともうおしまいです。
食いつきもあまりよくありません。
へぇ〜って感じでおしまいです。

その後、マカティに戻ってアメリカ人墓地にいきました。
お定まりのコースです。
でも、これは大失敗でした。

アメリカ人墓地は、マカティのアヤラ通りのマニラゴルフやフォルベスパークを過ぎたところにあります。
今では、ザ・フォートと言うおしゃれなショッピングエリアのすぐそばです。
広大な敷地に、きれいに手入れされた庭園にたくさんの真っ白な十字架が立ち並んでいます。
その一つ一つに戦争で犠牲になったアメリカ人やフィリピン人の魂が眠っているというわけです。
中央には、大きな慰霊碑があって、真ん中には聖母マリアの壁画が書かれた建物があります。
そこから大きな柱が円形に立っていて、その壁の一つ一つに戦争の犠牲者の名前が書いてあります。
壁の端にはやはり建物があって、そこには太平洋戦争の戦況が描かれていました。

壁は、犠牲者の出身地の州によってアルファベット順に名前が書いてありました。
一枚の壁にたくさんの名前が書いてあります。
案内したアメリカ人の一人が壁の前で動かなくなりました。
熱心に名前を読んでいます。

不思議に思って近づいて声をかけると、
『私のおじさんが太平洋戦争でなくなっている。』
『どこかに名前があるはずだ。』
そういって、名前を探し始めました。

その答えを聞いた瞬間、思いっきり後悔しました。
一気に戦争時代に戻ったみたいです。
もちろん、戦争のことを攻められているわけでも何でもありません。
でも、まちがいなく敵に戻ってしまったような気がしました。

まさか、戦争で亡くなったおじさんの名前を探し始めるとは思いもよりませんでした。
もう一人のアメリカ人も名前と出身地を聞いて一緒になって探しています。
私も一緒に探しました。

30分くらい探したでしょうか?
もしかするともう少し長かったかもしれません。
結局、おじさんの名前は壁には書いてありませんでした。
見つけられなかっただけかもしれません。
でも、いやな気持ちでした。

教訓!
アメリカ人墓地にアメリカ人を連れて行ってはいけません。



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posted by マニラのおぢさん at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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