2008年09月13日

ドイツ人がやってきた。 〜その1〜


今日は長女の大学の試験の日です。
アテネオという歴史のある大学です。
1時からというので、11時ごろにみんなに見送られて出かけました。
さぁ、出かけようかというときに携帯電話を忘れたり、傘を忘れたり、なんともはやいつもの通りですわ。
あまり緊張感などなさそうでした。

あいにく雨が降っていました。
ちょうど出かけてすぐ位に雨足が急に強くなって、大丈夫かなと心配していましたが、今はすっかり雨も上がっています。

それにしても試験、早いですよね。
入学は来年の6月です。
もう大学の試験が始まっているのです。
長女も二つ目の入試です。
どうも日本の入試というのとは少しニュアンスが違うようなのですが、よくわかりません。
ともあれ、しっかりやってきてほしいものです。

さあ、こっちもがんばって昔の話しと行きましょう。

前にも書いたことがあると思いますが、おくさんのお姉さんでドイツ人と結婚してドイツに住んでいる人がいます。
男の子がひとりいて、この子がまだ小さい頃はほぼ2年に一度フィリピンに里帰りをしていました。
今は、学校の関係でなかなか来れないようです。
だんなのドイツ人がだいぶ年をとってしまったということもあるのでしょう。
このところ足が遠のいてしまっています。

始めてきたとき、我が家に泊まることになりました。
ドイツ人というのは、1年のうち10ヶ月くらいしか働かないようです。
(ほんとかどうか知りません・・・)
残りの2ヶ月は、休暇です。
12月の半ばから、2月の頭までうちにいました。
まず驚いたのは休暇の長さ。
さらに、お金を使わないこと。
実に上手に暇つぶしをします。

やってきたのはドイツ人のだんなとその友達、それにおくさんのお姉さんの3人でした。
まだ子供ができていなかったころのことです。

息子の部屋を一部屋、彼らの部屋として空けました。
この間、息子はふたりで一部屋です。
この兄弟、仲があまりよくないので、結構大変だったようです。

家にやってきて、部屋に案内してそれからご飯を食べにいきました。
行ったのは、IMAというフィリピン料理の店。
今はもうないんじゃないかな?
ジュピター通りにありました。
そこで、一通りのフィリピン料理を食べて、帰宅しました。
それから少し話して、私たちはもう寝たのですが、ドイツ人は全然寝る気配がありません。
安いビールを買ってきて、ダイスを振りながら遊んでいます。
結局、寝たのは5時ごろ。
そのまま昼の2時くらいまで寝ています。
ドイツ時間そのままで生活しているのです。

ついたばかりのころは、まだ私は休みに入っていませんでした。
工場の休みは、12月23日から1月5日までです。
クリスマスから正月まで、日本に帰る人がほとんどでした。
フィリピンでは、このときくらいしかまとまった休みがありません。
その年は、この休みを利用して、プエルトガレラに行くことにしていました。

プエルトガレラは、ミンドロ島の北にあるリゾート地で、バタンガスから船で約2時間です。
マニラからバタンガスまではバスで2時間、合計4時間の道のりでした。
マビニ通りの何とかというホテルの前からバスが出ます。
大型の観光バスでした。
ホテルまでは、家までマイクロバスで迎えに来てくれます。
ホテルの前に着くと、何人かの人が大きな荷物を抱えて待っていました。
ほとんどが欧米人です。
割と欧米人に人気のあるリゾートでした。
バタンガスの港からはフェリーです。

欧米人が若いフィリピン人を連れているのが目につきました。
それにしてもあの人たちの好みはわかりません。
真っ黒で、少し造作が崩れているほうがよいのでしょうか?
お世辞にもきれいとは言えない女性を連れている人たちがほとんどです。
たぶん、彼らとは女性をめぐってのけんかにはなりませんね。。。

話がそれました。
それたところで、長くなりそうなので、続きは後日ということで。。。
(-^〇^-) ハハハハ



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posted by マニラのおぢさん at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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