2008年09月29日

不正事件発覚 〜その1〜

なんだか放置気味になってしまいました。
ネタ切れ?というわけでもないのですが、シリーズものを書くと次のテーマを思い出すまでに時間がかかってしまいます。
悪いくせですね。

ここ2〜3日、犬の遠吠えが聞こえます。
たぶん、近所のどこかの家で新しく犬を飼い始めたのでしょう。
気味の悪い声でほえるので、なんともいやなものです。
さっき、娘に『お前が歌っているのかと思った。』といったら、『ひどい!』と怒られました。
ちょっといけませんね。
(でも、本当にそう思ったんですけど・・・)

さて、昔のはなしと行きましょう。

工場長のお話です。
一見、優しそうでまじめな感じの人でした。
ところが、その実態はそうでもなかったようです。
3ヶ月ごとに定期的に運転手を変えていました。
私生活を知られることを極端に警戒していたのです。
何もそこまでしなくても・・・と思っていたのですが、どうやら知られたくないようなことをしていたようでした。

それはさておき、ある日のことです。
伝票をチェックしていた経理の女性が、おかしなことに気がつきました。
経理のマネージャーがこっそり私のところへやってきて、
『ちょっと見てほしい。』
といいました。
会議室の中に入って、見つけた経理の女性も一緒に3人で伝票を確認しました。
どうにもこうにも・・・偽造です。

作成したのは工場長の秘書でした。
工場長の立て替え金の清算の形をとって、工場長の知らないところで経理に請求して来ていたのです。
当時、請求書の清算の場合は、一覧表を作成して一覧表と請求書にサインをすることになっていました。
まず、おかしいなと経理の女性が気がついたのは、請求書がコピーだったことです。
それから詳しく中身を見始めました。
サインがいつもの工場長のサインと微妙に違います。
私が見たところでは、はっきり違っていました。

他にもないかということで、他の伝票を探し始めました。
でるわでるわ・・・・
中には、私のサインを偽造したものもありました。
工場長の秘書が日本人職員の立て替え金清算業務を一手に担当していたのです。
その月を見ただけで3件くらいあったように記憶しています。
さらにさかのぼって伝票を確認しました。
半年以上前から偽造を始めていたようでした。
被害総額は、たいしたことはありませんでした。

そこまで確認してから、工場長に報告にいきました。
まずは事実を確認しなければなりません。
工場長に対して、領収書に覚えがあるかどうかを確認していきました。
当然ですが、ほとんど記憶がありません。
中には、実際に工場長が使って清算をしたものも混じっています。
それに巧みに偽造した領収書を紛れ込んでいたのです。

工場長の秘書は、もう長い間、その仕事にいました。
『家にも行ったことがあるし、お母さんとも話したことがある。
・・・そんな子がこんなことをするなんて?!』
と愕然としていました。
一見、そんな子にはまったく見えません。
なんともいやな思いをしたものでした。

もうちょっと続きます。



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2008年09月26日

ドイツ人がやってきた 〜その5〜


久しぶりの更新になってしまいました。
PCの外付けハードディスクが壊れて、データ回復ソフトで復旧して、壊れたハードディスクをフォーマットしなおして、長女に上げました。
私用には、日本から160GBの小さいHDDを購入、いろいろとセットアップなぞをしていました。
このHDD、ファイヤーフォックスというプラウザがおまけでついていて、最近これでネットを見ていたのですが、ひとつだけ問題があります。
このブログをかくときに、コピーペーストができません。

なので、このブログを更新するときだけ、エクスプローラーを立ち上げています。
あっ!ネットゲームもエクスプローラーでした。
そんなわけで、更新回数が減っています。
・・・・なんだかよくわからない言い訳ですね。

さて、昔のはなしと行きましょう。

2ヶ月近く我が家でごろごろしていたドイツ人一行、そろそろ帰る日が近づいてきました。
一緒にいた友人のドイツ人は、さすがに気兼ねしたのかピナツボから帰ってきません。
どうやらパンパンガでお気に入りの女の子を見つけてそのままどこかにしけこんでしまったようです。
『ヤツからなんか連絡があったら、よろしく頼みます。』
とドイツ人が言うので、
『OK。任せといて!』
と、とってもよい返事をしておきました。

さて、いよいよ帰る日です。
空港にみんなで見送りにいきました。
車の中からすでにおくさんの目はうるうるしています。

空港に着きました。
ニノイアキノ空港は、見送りもなかなか大変な空港です。
出迎えはもっと大変なんですけど・・・。
ですので、空港の玄関のところに車を横付けして、ここでお別れです。

『またおいでよ!』
『再来年に来ます。一度ドイツにも来てください!』
とドイツ人が言いました。
おくさん、もう涙でぐじゅぐじゅになっています。
この人、とにかく泣くのです。
フィリピン人って、こういうところありますよね。
お姉さんと抱き合って、しばらくなんか話していました。
『さよなら。。。元気でね!!』
というわけで、空港を後にしました。
長いことお世話になってしまったので、お礼に・・・・ということは何もありませんでした。
さすがドイツ人、ケチですしっかりしていますよね。

空港から戻るとさすがにぐったりとしてしまいました。
そのまましばらく昼寝です。
おくさんは、もっと疲れたようで死んだように眠っていました。

次の日、ドイツ人の友人のほうから電話がかかってきました。
何とかという女の子が次の日からマニラに行くので、あってほしいとか言う内容だったと思います。
彼は、今パサイのグリーン何とかというホテルに泊まっているので、そこに連れてきてほしいというはなしでした。
自分でそこまで行けばいいのに・・・と思いましたが、とりあえず言うことを聞くことにしました。
それからしばらくして、その女の子がやってきました。
そのドイツ人は、結構な年だったのですが、まだ独身でした。
パンパンガで彼女と仲良くなって、『結婚する。』と言っていたようです。
彼女のほうはというと、あまりその気はなさそうでした。
とりあえず、マニラまでは行ってあげる・・・みたいな感じです。

ここから、彼のホテルを探すのが大変でした。
エアポートロードに面したホテルだといいます。
(あんなところにホテルなんかあったっけ???)
と思いながら、彼女を乗せて出かけました。

エドサどおりから、エアポートロードを左折。
そのまま、ドメスティックエアポートまで。。。
話によるとそこまで行っちゃあいけません。
とはいえ、ホテルらしいものはまったく見当たりません。
(おかしいな・・・・。何もないじゃん)
と思いつつ、また来た道を戻りました。
エドサを左折してすぐのところにモーテルがあります。
(まさか、これじゃないだろうな・・・)
などと思いながら、前を通り過ぎると、ありました。
グリーン何たらと小さく書いてあります。
まるで、中国人のハードウェアショップのような入り口。
ホテルというよりも倉庫みたいな外観でした。
(こんなところに・・・)
思わず、絶句してしまいました。
さすが、ドイツ人です。

どうやら間違いなさそうです。
その前で、彼女を下ろして、そのまま家に帰りました。
なんだか、もう関わりたくないというのが正直な感想です。
その後、彼らはどうしたのでしょう・・・・?
(≧∇≦)/ ハハハ



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2008年09月22日

ドイツ人がやってきた 〜その4〜


今朝、おくさんが水がないと騒いでいます。
我が家では、水はガロンで買っています。
もちろん、飲料用だけです。
水道は普通に出ますが、飲むのはちょっとためらわれます。

普段は、メイドが残りの量を確認してなくなったら言ってくることになっています。
そういえば、先週は一度も水がないと言ってきませんでした。
『全部、なくなるまで言ってこないんだから・・・』
と文句を言っています。
まぁ、そんなのだからいつまでたってもメイドなのですが。。。

ともかく、おかげでコーヒーが飲めません。

最近は、コーヒーメーカーで入れるのが面倒なので、もっぱらインスタントコーヒーです。
コーヒー党の私は、朝3杯は飲まないと落ち着きません。
今日は、一杯飲んだところで水がなくなりました。
・・・はやくしてくりぇ!!!

というわけで、昔のはなしと行きましょう。。。

大晦日の花火が終わって年が明けました。
19XX年の始まりです。
(何年か忘れました・・・)
花火の後も大きな音でミュージックを鳴らしながら飲んでいます。
お酒が飲めない私は早々にベッドに・・・。
しばらくするとばたばたと子供たちが支度を始めました。

ブームナブームに言ってくる。。。といいました。
クリスマスのころだけにロハスどおりに出現する遊園地です。
時計を見たら朝の3時。
(おいおい・・・・)
なんとも元気なことです。
もちろんドイツ人も一緒。
ドイツ時間で生活している彼らにとっては、まだまだ起きている時間なのです。
『行っておいで・・・』そう行って、私はまた寝てしまいました。

やがて、三が日も過ぎて私は工場に出勤しました。
出かける頃はまだ彼らは寝たばかりです。
時々は、まだ寝る前でコーヒーを入れてくれたりしていました。

『マニラでオートバイを借りられないだろうか?』
そんなことを言い出しました。
ドイツ人のおくさん(私のおくさんのお姉さん)が、電話帳でいろいろ調べていました。
どうやら見つかったようです。

オートバイを借りて、ドイツから一緒に来た友達とふたりでピナツボ火山の噴火のあとを見に行ってくるといっていました。
次の日、家に帰るともういません。
それから10日くらい帰ってきませんでした。
ちょうど、ピナツボ山が噴火してから何年もたっていないころだったと思います。
(ドイツ人ってこういう楽しみ方をするんだ。。。)
一緒に来た友達なんかドイツ語だけで、英語はほとんど話せません。
お金を使わずに、現地に溶け込んでいきます。

楽しいでしょうね?!
反面怖いような気もしますが・・・。



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2008年09月20日

ドイツ人がやってきた 〜その3〜


こんな時間の更新になってしまいました。

明日は、三女の学校の運動会です。
昨日になって、風船を持っていくと言い出しました。
運動会には、親が食べ物や飲み物などを持ち寄るのですが、風船です。
『いくつ?』と聞いたら、『50個』・・・だそうです。
しかも、クラスカラーはオレンジなので、オレンジの風船です。

今朝、おくさんがパーティやさんにいって風船をオーダーしてきました。
誕生パーティに机やいすを貸し出したり、風船を頼んだりする小さなパーティやさんが結構たくさんあります。
そこでも、『オレンジ』はあまりないといわれました。
何とか、同業者に電話を掛けまくって調達してくれたそうです。
2週間前に言ってくれればよかったのに・・・といわれたそうです。
そりゃあそうですよね。
今日の明日です。

さ、がんばって昔の話しと行きましょう。

プエルトガレラから帰ってきた私たちは、今度は年越しの準備を始めました。
我が家は、大晦日の晩におくさんの兄弟や親戚が大挙して押しかけます。
フィリピンの年越しは、家々で花火や爆竹を上げてにぎやかに新年を迎えます。
最近は危ないので少し抑え気味になっていますが、それでも毎年花火で手を吹っ飛ばしたり、死人も必ず出ます。
我が家も同じです。
(死人は出ませんけど・・・)

大晦日の晩、おくさんの兄弟が集まってきました。
夕食のころから花火を鳴らしているやつがいます。
ドイツ人は6時過ぎにおきだしてきました。
コーヒーを飲んでいたかと思ったら、いつの間にかビールを飲んでいます。

そのうち、弟に説教を始めました。

いいか、よく聞きなさい。
街角でタバコを売っているタバコ売りがいるだろう?
ある日、『今日は200ペソ売ろう』と思って家を出てきたとしよう。
その日は、調子がよくて2時間もしないうちにその日の目標200ペソを売ってしまった。
ドイツ人や日本人は(ここでなぜ日本人が登場したのかよくわからない・・・)、『今日は調子がいいから、がんばってもっと売ろう!』と考える。
今日がんばれば明日が楽になると考えるのだ。
ところが、フィリピン人はどうだ?
『今日の分稼いだからもういいや!』ってなもので、家に帰って寝るだろう?
だから、フィリピン人はダメなんだ!!

・・・こんな話でした。
たとえ話としては、よくわかりますよね。
いずれにしても酔っ払いのたわごとです。

しばらくすると花火もたくさんなり始めました。
12時が近づいてきたのです。
ラジオの音ががんがん鳴り響いて、カウントダウンを始めました。
ラジオ局によって時間が多少ずれているような気がしないわけでもないですが、おおらかなフィリピン人はそんなことは気にしません。
Happy New Year!!!
だれかれとも鳴く声を掛け合って、ハグします。

2階から、赤い服を着た人が降りてきました。
大きな袋を担いでいます。
そうです。
サンタクロースです。
お姉さんのだんなの友達がわざわざドイツからサンタクロースの衣装を持ってきていました。
おもちゃや日用雑貨などのプレゼントが袋の中に入っていました。
そういえば、2〜3日前から女性人は、ギフトラップをしていました。

大きな笑い声とともに登場したサンタを子供たちが取り囲みます。
みんなプレゼントをもらって大喜び。

こうして、新しい年を迎えたのでした。。。
(≧∇≦)/ ハハハ



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2008年09月17日

ドイツ人がやってきた 〜その2〜


さっき、日曜日に我が家に来た女の人からテキストが入りました。
『おくさんとお話したいので、家の電話番号を教えてください。』というものです。
割ときちんとした日本語(ローマ字ですけど・・・)のテキストです。
どうやらきちんと日本語の勉強をしているようです。

電話番号はxxx−xxxxです。今、おくさん家にいるはずですよ。
と返事を打ちました。
家に帰って奥さんに、彼女から電話があったかどうかを聞いてみました。
『そんな電話なかったよ。』といいます。
(おかしいな・・・)と思いました。

(もしかして・・・)
ちょっと心配になってきました。
そこで、『私、もしかして正しい電話番号を教えてなかったかも??家の電話はoxx−xxxxです。』
とテキストを打ってみました。
まもなく返信があって、『それで何回かけてもつながらなかったんだ・・・』
・・・・
やっぱり、うその電話番号教えていました。
『ごめんなさい。ロロ(おじいさんの意味)なもんだから。』
と返事を打ちますと、
『It’s OK.』
と返事が帰ってきました。
これってどういう意味でしょう???

ともかく、明日電話するそうです。
最近こういうことが多くて困っています。
だいたい電話番号なんて、携帯のメモリーにあるのでほとんど覚えなくなってしまっています。
(家の電話は別だ!というツッコミをしないように!!)
年をとった証拠かもしれませんね。

さて、記憶の片隅を思い出して、昔の話しに行きましょう。
この前の続きです。

フェリーボートに揺られて約2時間、ミンドロ島が見えてきました。
かなり大きな島です。
小さな湾になっています。
そこを通っていくと豪華なヨットが見えてきました。
誰かお金持ちが遊びに来ていたのに違いありません。
湾の水路を通って港へと向かいます。
湾の入り口にある小さな島に学校のようなものが見えました。
ここまで、どうやって通学するんだろう?やっぱり船なんだろうな・・・などと考えているうちに、フェリーボートは港に着きました。
漁港に毛の生えたような小さな港です。

船着場にはたくさんの人が迎えに来ています。
船が着くといっせいに駆け寄ってきて、荷物を持とうとします。
荷物を運んでチップをもらうのが彼らの仕事のようです。
大きな港ですと、こういうポーターと呼ばれる人がたくさんいて、けんか腰で荷物を取りに来ます。
戦場のようで、恐ろしくなるくらいなのですが、この港の人たちは心なしかのんびりしています。
なんだかほっとしました。

船着場を降りると道路を渡ったところに真新しい3階建ての建物が見えました。
ビルらしきものはほかには見えません。
ここがこのとき宿泊したプエルトガレラホテルです。
できてそれほど日がたってなく、キャンペーン中で安く泊まれた記憶があります。
ホテルの前の道には、道路わきにたくさんのお店が並んでいました。
水着やおみやげのTシャツやアクセサリーなど道路を埋め尽くす勢いです。
といっても距離にしたら10mくらいでしょうか?
なんともこじんまりしたものです。

ホテルには、カラオケの機械がありました。
歌うのが大好きなおばあちゃんがマイクを持って離しません。
残念なのは大幅に音程が外れていること。
これさえなければいいのですが、もはや雑音でしかありません。

3泊4日の日程で、おばあちゃんのカラオケを聴きながら、ビリヤードをしたり・・・
昼間は当然海に出かけます。
いつの間にか、お姉さんがボートを見つけて交渉開始。
すっかり借りなきゃ後に引けない話になってしまっています。
このボートでアイランドホッピング。
きれいな珊瑚の海岸や砂浜のビーチに連れて行ってもらって海水浴でした。

そういえばホテルにはスピードボートがありました。
もちろん有料ですが、これを借りて湾の中を走ってもらいました。
このときの写真が残っています。

とにかくのんびりとした休日を過ごすことができました。
食べるものは期待しないほうがよかったような記憶がありますけど・・・・
(≧∇≦)/ ハハハ



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2008年09月13日

ドイツ人がやってきた。 〜その1〜


今日は長女の大学の試験の日です。
アテネオという歴史のある大学です。
1時からというので、11時ごろにみんなに見送られて出かけました。
さぁ、出かけようかというときに携帯電話を忘れたり、傘を忘れたり、なんともはやいつもの通りですわ。
あまり緊張感などなさそうでした。

あいにく雨が降っていました。
ちょうど出かけてすぐ位に雨足が急に強くなって、大丈夫かなと心配していましたが、今はすっかり雨も上がっています。

それにしても試験、早いですよね。
入学は来年の6月です。
もう大学の試験が始まっているのです。
長女も二つ目の入試です。
どうも日本の入試というのとは少しニュアンスが違うようなのですが、よくわかりません。
ともあれ、しっかりやってきてほしいものです。

さあ、こっちもがんばって昔の話しと行きましょう。

前にも書いたことがあると思いますが、おくさんのお姉さんでドイツ人と結婚してドイツに住んでいる人がいます。
男の子がひとりいて、この子がまだ小さい頃はほぼ2年に一度フィリピンに里帰りをしていました。
今は、学校の関係でなかなか来れないようです。
だんなのドイツ人がだいぶ年をとってしまったということもあるのでしょう。
このところ足が遠のいてしまっています。

始めてきたとき、我が家に泊まることになりました。
ドイツ人というのは、1年のうち10ヶ月くらいしか働かないようです。
(ほんとかどうか知りません・・・)
残りの2ヶ月は、休暇です。
12月の半ばから、2月の頭までうちにいました。
まず驚いたのは休暇の長さ。
さらに、お金を使わないこと。
実に上手に暇つぶしをします。

やってきたのはドイツ人のだんなとその友達、それにおくさんのお姉さんの3人でした。
まだ子供ができていなかったころのことです。

息子の部屋を一部屋、彼らの部屋として空けました。
この間、息子はふたりで一部屋です。
この兄弟、仲があまりよくないので、結構大変だったようです。

家にやってきて、部屋に案内してそれからご飯を食べにいきました。
行ったのは、IMAというフィリピン料理の店。
今はもうないんじゃないかな?
ジュピター通りにありました。
そこで、一通りのフィリピン料理を食べて、帰宅しました。
それから少し話して、私たちはもう寝たのですが、ドイツ人は全然寝る気配がありません。
安いビールを買ってきて、ダイスを振りながら遊んでいます。
結局、寝たのは5時ごろ。
そのまま昼の2時くらいまで寝ています。
ドイツ時間そのままで生活しているのです。

ついたばかりのころは、まだ私は休みに入っていませんでした。
工場の休みは、12月23日から1月5日までです。
クリスマスから正月まで、日本に帰る人がほとんどでした。
フィリピンでは、このときくらいしかまとまった休みがありません。
その年は、この休みを利用して、プエルトガレラに行くことにしていました。

プエルトガレラは、ミンドロ島の北にあるリゾート地で、バタンガスから船で約2時間です。
マニラからバタンガスまではバスで2時間、合計4時間の道のりでした。
マビニ通りの何とかというホテルの前からバスが出ます。
大型の観光バスでした。
ホテルまでは、家までマイクロバスで迎えに来てくれます。
ホテルの前に着くと、何人かの人が大きな荷物を抱えて待っていました。
ほとんどが欧米人です。
割と欧米人に人気のあるリゾートでした。
バタンガスの港からはフェリーです。

欧米人が若いフィリピン人を連れているのが目につきました。
それにしてもあの人たちの好みはわかりません。
真っ黒で、少し造作が崩れているほうがよいのでしょうか?
お世辞にもきれいとは言えない女性を連れている人たちがほとんどです。
たぶん、彼らとは女性をめぐってのけんかにはなりませんね。。。

話がそれました。
それたところで、長くなりそうなので、続きは後日ということで。。。
(-^〇^-) ハハハハ



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2008年09月10日

台風で家に浸水したことを思い出しました。。。

台風が来ているようです。
もうフィリピンの北のほうに抜けたはずなのですが、今でも相当強い風が吹いて、雨が激しく降っています。
マカティもいたるところで冠水したようで、我が家の前の道路もくるぶしの上くらいまで水がたまったそうです。
お向かいの3軒くらい隣に新しくインド人が引っ越してきたのですが、この家、ごみを出す日を守りません。
たぶん、きちんと教えられていないのでしょう。
今日の雨で、この家のごみが流れてきたそうです。
帰ったら、おくさんが怒っていました。
ビレッジのガードに文句を言ったそうです。
あんまり大げさに騒がなきゃいいのに・・・・と思いますが、口には出しません。
向こうの家の方を持っているように受け取るようで、いっそう機嫌が悪くなって、とばっちりを受けるのが関の山です。
おとなしく相槌を打っておくのが一番なのです。

我が家は、道路からずいぶん高くなっていますので、家まで水が入ってくることはありません。
ビレッジのなかでは、一番奥が低くなっていて、ここはあっという間に冠水します。
冠水の恐れが出てくると、ガードがブザーを鳴らしながらビレッジを一周します。
これが鳴るといっせいに低いところの車が高いところに移動していきます。
高いところの道路が車だらけになってしまうのです。

ちょっと台風で思い出しました。
昔の話です。

我が家も水に浸かったことがあります。
といっても今の家ではありません。
引っ越す前の家。
今の家から角を曲がって、ほんの3軒くらい隣のところです。

ちょうど11月でした。
そういえば昔、NHKのニュースで、統計的にフィリピンでは11月が一番台風が多いといっていました。
12月にも台風が来ます。
どうやら、年が押し迫ってきたころに来る台風のほうがマニラを直撃してひどい被害が出るような気がします。

11月は、TATゴルフの月例会の年に一度のとりきり戦の月です。
月例会は毎月第一日曜日。
ちょうどその4〜5日くらい前に台風が直撃したのでした。
とりきり戦はその年に入賞した人しか参加することができません。
その年は、調子がよかったのか(ハンデのおかげかも・・・)とりきり戦の参加資格を持っていました。
それなりに張り切って参加するつもりだったと思います。

この台風、半端じゃありませんでした。
激しい雨で、表を見たら道路の水位がどんどん上がってきています。
道路が池のようになっているのです。
外に出ている車をガレージの中に入れました。
ガレージは普段は1台しか車が入りません。
この日は、何とかつめて2台目も押し込みました。

雨はいつまでたってもやみそうにありません。
それどころか激しさを増してきました。
あっと思った瞬間、我が家の中に水が入ってきてしまいました。
応接間にどんどん水が入り込んできます。
あわてて、1階の家具を2階に運びました。

結局、水は2階に上がる階段の下から2段目まで入ってきてしまいました。
そうこうしているうちに停電です。
停電になってしばらくすると雨も小降りになり、水は引いていきました。
安物のキャビネットは、水に浸かった箇所が浮いてしまってどうにもなりません。
避難が間に合わなかったのです。
水の勢いって怖いですよね。

停電はその日から約1週間続きました。
家が停電で、おくさんがぶちぶち文句を言っているのにゴルフになんかいけませんよね。
ゴルフ場に電話をして、『とりきり戦、予定通りにやるの?』と聞いたら、『やる』といいます。
『それじゃ、出れない・・・・』
結局、とりきり戦は欠席しました。
たぶん、この年のとりきり線が一番参加者が少なかったんじゃないでしょうか?
ふと、こんなことを思い出してしまいました。

台風がらみの話はたくさんあります。
そのうち、また少しずつ。。。
(*^m^*) ムフッ



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2008年09月08日

こわいものしらず 〜その2〜


外付けハードディスクが壊れました。
データや写真が入っていて、どうしても必要なものばかりです。
バックアップは、最近とっていません。
困っています。
あ〜あ。。。
気力がなえてしまいますね。

何とか気力を振り絞って、昔の話しに行きましょう。

さて、明けて月曜日、出張者が会社に電話をかけてきました。
なんとこの人、日曜日に移動するのに会社の電話番号しか控えていなかったのです。
道理で、日曜日に連絡が来なかったわけです。
驚きですよね。

詳しく話を聞いて見ました。
出発地で、なんかの都合で乗るはずだった飛行機に乗れませんでした。
とにかくフィリピンに行かなきゃいけないということで、何とか次の便に乗ることができました。
日曜日の夕方には、マニラについていたのです。

しかし・・・・。
マニラについたもののどうしていいのかわかりません。
連絡先もわからないわけです。
もちろん、出迎えに来ているはずの同僚はいるはずもありません。

途方にくれていると、フィリピン航空の社員と名乗る人が声をかけてきました。
事情を話して、『どうしたらいいんだろう?』というと、『それならうちにおいでよ。』といってくれました。
そのまま、睡眠薬を飲まされて有り金を取られて裸にひん剥かれて、カビテのあたりに捨てられるというのはよくある話です。
ひどいときにはそのまま命を落とすことも・・・・。
皆さんはこういうのについていってはいけませんよ。

彼の場合、なんとも幸運なことに、このフィリピン人、本当によい人でした。

少し怖かったようですが、とにかくどうしようもありません。
外はほんのりと薄暗くなってきてしまいました。
意を決してついていくことに決めたのです。

フィリピン航空の職員は、彼を自宅に連れて行ってくれました。
自宅は、ラグナの工場よりももう少し奥に行ったところです。
家には、気のよいおくさんと子供たちがいました。
フィリピンによくある大家族です。
歓迎してくれて一緒にご飯を食べました。
そんなに裕福な感じではありませんでしたが、小さな自分の家を持っていたわけですから、フィリピンの中では裕福なレベルだったと思います。
おくさんが、夕食を用意してくれました。
おなかがすいていたので、とってもおいしくいただいたようです。
食事の後で、急に眠くなって・・・というようなことはありませんでした。
その日は、狭い部屋で雑魚寝をして、月曜日の工場が始まる時間をまってすぐに電話してきたというわけです。

もう少し電話が遅かったら、日本に連絡をして大騒ぎになっているところでした。
なんといっても、日曜日から行方不明なわけですから、大事です。
大使館にも連絡しなきゃいけないとか、警察にも連絡したほうがいいだろうか?とか、大騒ぎしているところでした。
本人はけろっとしています。
自宅の住所を詳しく聞いて、迎えにいきました。
なんと、工場から15分くらいのところでした。

こんな強運の持ち主もいるんですね。
それにしてももう少し警戒してほしいものです。
副社長から、こっぴどくしかられていました。
なにもなくてよかった。。。
(≧∇≦)/ ハハハ




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2008年09月06日

こわいものしらず・・・ 〜その1〜


このところ、忙しくてあまり更新できていません。
ちょっとハンセイ。。。

今日は、朝からカルティマールの市場に行ってきました。
お米がないとおくさんが言うので、買出しです。
それにしてもいろんなものが高くなっていますね。
いやになってしまいます。

今日は、魚市場にはあまりよいものがありませんでした。
だいいち、数がすくないのです。
燃料代が高くなっているので、漁に出る船が少ないのかもしれませんね。
台風が行ってしまってからだいぶ立つので、もっと魚があってもいいはずなのに。。。

マグロを買ってきました。
今晩、刺身にしようかと思っています。
今から楽しみ・・・。

そんなわけで、昔の話にしましょう。

日本から出張者が来ることになっていました。
フィリピンの前に、インドネシアかタイによってからくる予定です。
マニラに到着するのは日曜日だったと思います。
マニラの飛行場は、危ないことが多いので必ずピックアップに行くことになっていました。
日曜日の到着でも同じです。
ちょうど午後1時ころにつくケースが多いので、結局一日つぶれてしまいます。
まったく迷惑な話です。

その日の出迎えは若い製造部長でした。
出迎えた後、ホテルに直接行ってチェックイン、夕食をみんなで食べるような予定になっていました。
その日、飛行機はずいぶん遅れたようです。
なんかトラブルがあったようで、定刻より2時間くらいの遅れです。
事前に飛行場のインフォメーションに電話をして、到着時刻を確認してから出かけるのですが、実はこのインフォメーション、あまり当てになりません。
結局、飛行場でずいぶん待つことになります。

到着してから入国審査を経て、荷物を取って税関を通ってロビーを抜けて、出迎え者の待つところまでやってきます。
これって結構時間がかかるんですよね。
荷物が出てこなかったりすると最悪です。
なので、気長に待たないといけないのですが、その日、出張者はいつまで待っても出てきません。
到着客は、みんな出てきてしまったようです。

さすがに心配になった彼は、空港の職員に聞いてみました。
『もうその飛行機に乗っていた人は全部出て、誰も残っていないよ。』
といいます。
副社長のところに電話をかけてきました。
しつこいようですが、携帯電話などない時代ですので、空港にある公衆電話からです。
副社長は、とりあえず帰って来いという指示を出しました。
もう、なにもできません。
なんといっても日曜日なのです。
無事でいることを願うのみでした。

ん〜〜。
次の展開が楽しみかも?
というわけで、つづきます。。。
(≧∇≦)/ ハハハ



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2008年09月03日

フォーチュンアイランド〜島巡り


今日は一日デスクワークです。
たまにはこういう日もないといけませんね。

一日数字とにらめっこ。
年のせいで老眼が入ってきたせいか、目がすごく疲れます。
海に行って、遠くを眺めるのがいいかもしれませんね。
なんともすっきりするものです。

さて、フォーチュンアイランドのお話です。

スピードボートを借りて島巡りをしました。
ぐるっと一周しても15分くらいで終わってしまうような小さな島です。
島の浮き桟橋からスピードボートを出します。
進路を右にとると、小さな岬があって、その上にはギリシャ神殿のような彫刻です。
そのまま島沿いに走ると、切り立ったがけです。
このがけの中腹にフィリピンイーグル(ワシ)が巣を作っているのです。
もう少しいくと今度は反対側の小さな岬です。
その手前に小さな洞窟があります。
洞窟といっても岩が波でえぐられた感じのところ。
ボートでなんとか通れるくらいでした。
そこからまた島沿いに走ると、小石がたくさんある海岸です。
この海岸の石がだんだん小さくなって、砂浜に変わります。
そこに船の博物館があるのです。
これで一周です。

この小石の浜には、朝散歩にいきました。
ヤドカリやかにがたくさんいます。
基本、泳げないおくさんは、波打ち際で貝を拾ったりするのが大好きです。
釣りに行ったときに根掛かりしたさんご礁が上がってくることがあります。
これをもって帰ると大喜びです。
魚よりもこっちのほうがうれしいみたいです。

島の左側の深いところは、漁船の避難地になっています。
切り立ったがけのすぐそばでも水深が30mくらいあるのです。
2回目に行ったときに釣竿を用意して、ここで浮き釣りをしました。
ギリシャ神殿の彫刻のがけから小さな階段がついていて、海のすぐそばまで降りることができます。
といっても水面までは2mくらいはあるでしょうか。
その辺まで近づくのが限界なのでした。
なんにも釣れません。

バンカーボートでつりにもいきました。
あごのしたにひげの生えた小さな魚がつれました。
『ひげ親父』とよんでいました。
この『ひげ親父』、後で本格的に釣りをするようになってからインターネット魚図鑑で名前を調べました。
なんと、名前が『オジサン』です。
同じような感覚で魚の名前なんて付けてるんだな、とこのとき思いました。

バンカーボートで釣りをしているときに、島の左側に貨物船が停泊していました。
ボートで近づくと歓迎してくれました。
船頭がなにやら話しています。
そのうち、たくさんの魚を持ってきてくれました。
停泊中はすることがないので魚釣りをしているんですね。
食べきれないくらいの魚があるので、もっていけといいます。
遠慮なくもらってきました。
いくらかお金を払ったような気もしないでもありませんが、よく覚えていません。
どちらにしてもすごく安かったのに違いありません。

こうして、のんびりとフォーチュンアイランドリゾートでの休暇は過ぎていったのです。
何にもすることがない休日。
きれいな海と自然に囲まれて、これほど贅沢な日々はありませんよね。



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2008年09月02日

フォーチュンアイランドの食堂


日曜日に釣りに行ってきました。
半ズボンで釣っていたもので、普段焼けないふくらはぎが大やけどのようになってしまいました。
今もひりひりしています。
やっぱり、釣りのときは長ズボンをはかないといけませんね。
前にも一回やっています。
まったく学習していませんね。

目もやられてしまいました。
昨日は目がちかちかしてどうにもなりませんでした。
紫外線にやられたんだと思います。
サングラスを持っていたのですが、細かい作業をするときに邪魔になります。
老眼が入ってきているので、手元がまったく見えないのです。
そこで、いったんはずしてしまうとまたかけるのが面倒になって、結局テーブルの上におきっぱなしでした。
サングラスもちゃんとかけないとダメですね。
もっとも、目がちかちかしていたのは寝不足のせいもあったのかもしれません。

フォーチュンアイランドに行くはずだったのですが、急遽、アンビル島に変更になりました。
会長のわがままです。
おかげで家に着いたのは夜の9時。
アンビルのほうが片道1時間以上遠いので、いくとどうしてもこうなってしまいます。
次の日の仕事がかなりつらくなってしまうのでした。

さて、そんなことはおいといて、もう少しフォーチュンアイランドの話をして見ましょう。

リゾートしかない島の食堂は一軒だけです。
朝昼晩の3食をすべてここで食べます。
ほかに食べるものを手に入れるところはありません。
コテージのすぐ隣に食堂はありました。
ニッパやしの少し大きめの小屋です。
ここにテレビがひとつだけありました。
映るチャンネルは2局だけです。
それでも夜になるとスタッフの連中や泊り客が集まって楽しんでいました。
まったくフィリピン人はテレビが大好きですよね。

食事は、海のものばかりかというとそうでもありません。
普通にチキンとかポークとか、どちらかというとそっちのほうが多かったような気がします。
コックはアップルという名前のオカマでした。
このオカマなかなか愛想が良くて、宿泊客に人気がありました。
3食作る以外には特にすることもありません。
ずっとおしゃべりです。
それにしてもよくしゃべるオカマでした。

食事のとき以外に食堂で食べたのは『ハロハロ』
日本のカキ氷のようなものです。
小豆や甘く煮た豆、フルーツのシロップ漬けなどを入れて、その上に氷をかけて最後に練乳をかけて出来上がりです。
ほかに食べるものがなかったせいか、とってもおいしく感じました。
後は、おやつの時間にバナナのてんぷらのようなものも出たことがありました。
これもおいしかったな。。。



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