2008年06月26日

フィリピンで最後を迎えたい・・・

どうやら風邪を引きました。
一昨日の朝、体が痛かったのもどうやら風邪のようです。
昨日は一日寝ていました。
汗をびっしょりかいたので、今朝はだいぶ体調が良くなってきました。
まだ、少し熱っぽい感じがします。

さて、昔の話です。

所長の古い友達で、建設会社をやめてマカティで日本料理屋を開いた人がいました。
その頃、かなりはやっていましたが、日本人がオーナーだと知っている人は少なかったようです。
店の切り盛りは彼女が全部やっていました。
マカティの日本料理屋のほかに、エルミタにクラブを2軒経営していて、なかなかやり手の彼女だったのです。
マカティの日本料理屋は今でもオーナーが変わってしっかり営業しています。

この日本人、日本にも家族がいました。
ある日、診察で末期がんであるということがわかりました。
日本のおくさんや家族と話し合いをして、フィリピンで最後を迎えたいという話をしたそうです。
いろいろとあったようですが、最後のわがままということで日本の家族も納得してくれて、彼女のところにやってきたのでした。
フィリピンの彼女は、献身的に世話をしてくれました。
本人も一時はこのまま治るんじゃないかというくらいまで回復したそうです。

丸山ワクチンというがんの薬があります。
この薬を定期的に日本から持ってこなければなりません。
何とかならないだろうか?という相談を所長にしてきました。
当時、わが社は毎週のように出張者が日本から来ていましたので、所長が昔からのなじみだからということで、このワクチンの運び役を引き受けたのでした。

とはいえ、やはりがんには勝てませんでした。
ワクチンは、3~4回運んだでしょうか?!
あとは必要がなくなったのです。

彼はほどなく帰らぬ人となりました。

知らせを受けた所長は、わたしに花を届けるように指示をしました。
『ひっそりと生きてきた人で花もあんまり来ないだろうから、大きなやつを頼む』といわれ、そのように手配しました。
『今晩、通夜に行くからそのつもりでな。』といわれ、『わかりました。』と返事をしました。
お通夜は、パサイロードの奥の教会のチャペルでした。

仕事が終わって、夕食を所長と一緒に食べたあとで、チャペルにいきました。
フィリピンのお通夜では、一日24時間、ろうそくの火を絶やさないように親族や親しい人が見守ります。
なので、親しければ親しいほど夜遅くお通夜を訪れます。
夜遅くたずねたほうが喜ばれるのです。
わたしたちが訪れたのも10時を回っていました。

彼女が所長を見つけてワクチンのお礼をいってきました。
最期を看取ることができて本当に良かったといっていました。
彼女の偽らざる気持ちだったと思います。

棺の中の本人は、体の大きな人でしたが遺体はやせ細っていました。
ただ顔はとてもきれいで本当に安らかな死に顔でした。
希望通りに最後をフィリピンで迎えることができたことを喜んでいるようでした。

ひっそりと暮らしていた人ですので、お通夜も質素なものでした。
私たちが贈った花がひときわ大きく棺を飾っていました。
ひっそりとした旅立ちだったのです。。。




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posted by マニラのおぢさん at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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