2008年05月29日

事務員に恋した現場監督 〜その2〜

ちょっと疲れ気味です。

夕べ、とつげき営業マンが、相談がありますといってやってきました。
3回目の人生相談です。
9時過ぎに家に来て、帰って行ったのは11時半。
帰るときにはだいぶすっきりたようです。

今朝は、早くから仕事。
ラグナからパッシグまで結構な距離を走りました。
しかも、行く先々でひどい渋滞です。

最近、入れ歯の調子が悪く、入れ歯が当たるところが痛くてたまりません。
特に下の右側。
かといって外すと、なんだかカフカフになってしまいます。
渋滞で退屈なので、入れ歯をつけたり外したり、おもちゃみたいですね。
ずっとしていると痛くてたまらないのです。
難儀な話ですよね。。。

さぁ、昨日の続きです。

秘書から指摘をされてから、ハンサム所長のことを注意してみるようにしました。
確かに様子がおかしいのです。
たいした用事でもないのに事務所にやってきます。
そうかと思うと、セクシー事務員を現場に呼びます。

そのうち、土曜日の夜など寮に帰ってこなくなりました。
日曜日の昼過ぎに帰ってくるのです。
直属の上司であるおおぼけ部長に意見してもらおうかとも思いました。
ただ、この二人そりが合いません。
ハンサム所長はおおぼけ部長のおおぼけぶりに手を焼いていましたし、第一、おおぼけ部長のほうも土曜日の夜は寮に帰ってこないのです。
こっちはこっちで、カラオケの女性に熱を上げていました。
OO電気の工事には、もう一人若い設備職の職員が日本から赴任していました。
この3人で一軒の寮に住んでいたのです。

とりあえず、この若い職員に様子を聞いてみました。
二人とも夜はほとんどいないといいます。
帰ってくるのはもう彼が眠った後です。

(ちょっとやばいな・・・)と思った私は、直接本人と話をすることにしました。
ちょうど事務所にやってきたハンサム所長を会議室に連れて行って話を聞きました。
私の予想に反して、熱を上げていたのはハンサム所長のほうだったのです。
セクシー事務員のほうもだいぶ優しくされているうちに情が移ってきたようです。

この頃は、ハンサム所長が工事が終わってしまうと日本に帰ってしまうという現実の前で、自分のことを自分でどうしたらいいのかわからなくなってしまっていたようです。
『泣くんだよね・・・・』と言いました。
泣かれて困っているのがうれしいような口ぶりです。
男ならなんとなくわかりますよね・・・その気持ち。
『大ごとになったら、ここにいられなくなっちゃいますよ。』
『そうだよね。わかってはいるんだけどね。。。』
もう、彼女のことがかわいくてかわいくてどうしようもない状況に陥ってしまっていました。

やがて、工事が完成して引渡しが終わり、残務整理が終わったところでハンサム所長の人事をどうするかと言う話になりました。
所長が、『帰さざるを得ないだろう。』と言いました。
『このまま、置いておいたら本人も家族も不幸になる。』
所長は、お見通しでした。
わかってなかったのはおおぼけ部長。
『次の工事があるかもしれませんのでいてもらいましょう!』
と状況を知っているのかいないのかわからない発言を繰り返していました。

『工事が出たら、また来てもらえばいい!』
所長も後に引きません。
こうして、ハンサム部長の帰国が決まりました。
本人は大いに後ろ髪を引かれる思いで、新しい赴任地に向けて帰国していったのです。
残されたセクシー事務員は、1年くらいそのまま働いていましたが、もっと良い働き口を見つけてやめていきました。

それから3年くらいたって、私がこの会社をやめた後、ハンサム所長は別な工事の責任者で2度目の赴任をしました。
このときに彼女の行方を探したようです。
彼女は、何とか見つかりました。
ただ、実らぬ恋に一度焦がした情熱は彼女には残っていなかったようです。
時々、あって食事をするくらいの穏やかな友達づきあいになりました。
いろいろな意味で、落ち着いてくれたようです。

何にしても、従業員に手を出してはいけません。

このとき、帰国させなかったら大変なことになっていたと思います。
やだやだ。。。



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2008年05月28日

事務員に恋した現場監督 〜その1〜

今朝は良い天気です。

それでも、スカッと晴れるという感じではありません。
もう雨季なのですね。
毎日、スコールのような雨が降っています。
今年は雨季の始まるのが早いような気がします。

サウススーパーハイウェーの工事はぜんぜんすすんでいません。
このまま雨が降るとそれだけで渋滞に拍車がかかります。
南にいくのが億劫になってしまいますね。
やだやだ・・・。

さて、気を取り直して昔の話をしましょう。

OO電気の工事に新しく現場所長がやってきました。
30代後半の背が高いなかなかのハンサムボーイです。
おおぼけ部長が責任者で、ハンサム所長は現場に常駐というわけです。

工事が増えてきていましたので、新しく女性社員を雇うことにしました。
そのとき雇ったのは二人。
二人ともなかなかの美形でした。
一人はこの現場の事務員として、もう一人は人事・総務の事務員でした。
現場事務員といっても勤務はマカティの事務所です。
現場にはベテランのおばさんが事務で居座っていました。
このおばさん、そろそろ辞めてほしかったのです。
いろいろとせこいうわさが聞こえていました。
買い物にいくといってはなかなか帰ってこないとか、領収書のない買い物が多いとか、目が届かないところで何をやっているのか分かったものではありません。
現場に行きたがるので、怪しく思っていました。
そのおばさんの牽制の意味も含めて新しく雇ったのです。

時々OO電気の現場に出かけていきます。
背のすらっとした女性で、ほんのちょっと露出度の高い服装が好みのようでした。
日本人職員が気がつかない間に、ハンサム所長とこの現場事務員が仲良くなっていたようです。
ハンサム所長は、現場が終わると事務所によってから帰るのが日課でした。
最初のうちは、あまり事務所に来なかったのですが、いつの間にか必ず事務所によるようになっていました。
セクシー事務員もハンサム所長が来るときは、必ずといっていいほど残業です。
仕事の上から、一番関係のある職員でしたので、残っていても不思議ではありません。

だんだん様子がおかしくなってきました。
日本人はぜんぜん気がつかなかったのですが、残業をしていたセクシー事務員とハンサム所長が一緒に晩御飯を食べたり、家に送って行ったりするようになっていたのです。

ある日、勤務時間が終わった後で、私の秘書が『相談があります。』と言ってきました。
どうやら、事務所に人がいなくなるのをまっていたようです。
『どうしたの?』と聞いてみると、
『ハンサム所長とセクシー事務員が怪しい仲になっている。』といいます。
ハンサム所長には、日本におくさんと子供がいました。
従業員たち全員が知っていることです。
セクシー事務員はまだ独身で、厳しい家庭の子でした。

『毎日のように家に送っていっているし、どうやら家にも上がりこんでいるようだ。』といいます。
まったく知りませんでした。
フィリピンの人の考え方って、こういうときは不思議ですよね。
辞めさせようというよりも応援したいという気持ちになるようです。
『真剣に付き合う気持ちがあるのかどうか聞いてほしい。』というのです。
『わかった。聞いてみる。』
と答えて、その場は何とか取り繕いました。

さて、どうしたものでしょう?
私が見る限りでは、そんな状況に陥っているとは思っていませんでした。
第一、会社の事務員とそういう仲になるなんて、常識的にも無理な話です。
セクシー事務員のほうがハンサム所長に熱を上げているものだと思っていたのです。
しばらく様子を見ることにしました。

というところで、続きます。
おたのしみに!



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2008年05月26日

革製品の加工やさんで 〜その2〜

更新を一日お休みしてしまいました。

昨日の夜のことです。
PCで遊んでいたら、一番下の息子が枕と布団を抱えて部屋を出て行こうとしました。
『どこに行くんだ?』と聞きますと、
『お姉ちゃんのところ。一人じゃ怖いから一緒に寝てくれっていわれた。』といいます。

金曜日に長女の誕生日でいとこたちがお祝いに来ました。
そのまま、昨日まで我が家に泊まっていたのですが、帰ってしまったのです。
三女は体が大きくて、強気な発言が多いのですが結構な怖がりです。
前の日まではいとこと一緒に同じ部屋で寝ていたのですが、帰ってしまって怖くなったようです。
いとこがいるときは、『部屋に入るな!』などといって兄弟げんかをしていた二人ですが、いなくなると頼りにしてしまうのですね。
面白いものです。

さて、お話の続きといきましょう。

革製品の加工やさんで運転手が車ごと消えてしまったジミーのおくさん、会社の車で家に帰ってきました。
ジミーも心配になって早めに帰宅。
『どうしたんだろうね?』などと二人で話していました。

7時頃だったそうです。
ぼろぼろになった運転手が帰ってきました。
靴も履いていません。

問い詰めるとポツポツと話し始めました。
おくさんと子供を革製品のお店に下ろした後、少しはなれたところに車を停めて、おくさんたちが店から出てくるのを待っていました。
突然、男たちが運転席の窓をたたきました。
なんだろうと思って窓を開けると、ドアロックをはずされ二人が車の中に乗り込んできました。
手には拳銃を持っています。
拳銃を突きつけて『車を出せ!』と命令されました。
(何なんだこれ?)と思いながら、いわれるままに車を発車させました。
助手席の男が拳銃を突きつけています。
『右に曲がれ』とか、『まっすぐ行け』とか言われるままに1時間くらい車を走らせました。

エルミタの近くにフルーツマーケットがある通りがあります。
そのあたりにちょっとしたブラックホールで、あまり人通りがないところがあります。
そこで、『車を停めて降りろ。』と命じられました。
ついでに、財布や持っていたお金など全部取られてしまいました。
靴までです。
たぶん、運転手がすぐに帰れないように逃走時間を確保するためだったのでしょう。
そのまま、放り出されて犯人たちは車に乗って逃げていってしまいました。

車強盗です。

この頃、車強盗がはやっていました。
車は見た目で価値がわかります。
人を襲った場合、その人がお金を持っているかどうかというのはなかなか判断がつきません。
その反面、車は見たとおりの価値で売り飛ばすことができます。
収入が安定するということでしょうか?
選挙が近くなると車強盗が増えます。
選挙のキャンペーン用の車の需要が増えるからです。

カビテには、盗難車を立派に公道を走れる車に直してしまう(登録までふくめて)工場があるというのがもっぱらのうわさでした。
色を変えて、書類も偽造してまったくの別な車に仕立て上げてしまうのです。

エルミタで放り出された運転手、親切なトライシクルの運転手やジープニーの運転手に事情を話して、ただで乗せてもらって家までたどり着きました。
こういうときはフィリピン人って優しいですよね。
肩を寄せ合って生きているような感じがします。

翌日、この話をジミーから聞きました。
すぐに、保険やさんに連絡を取って盗難手続きを開始しました。
車の代金は全額保険屋が払ってくれたのです。
車はもちろん出てきません。
犯人も捕まったという話も聞きません。
まともに捜査をしているのかどうかすらわからないのです。

犯罪に巻き込まれると、まったくのやられ損になってしまいます。
気をつけましょうね。。。



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2008年05月24日

革製品の加工やさんで 〜その1〜

昨日は、長女の17回目の誕生日でした。
早いものですね。

お友達が4人くらい来てお祝いしてくれました。
同級生なので、みんな17歳の女の子です。
あっ、中に一人、気持ちだけは女の子っていう子が混じっていました。
ようするにおかまちゃんです。
フィリピンでは、バクラといいます。

小さい頃から、おかまだということを隠さずに自然に生きていますので、卑屈になったりするようなところはぜんぜんありません。
相手の気持ちや考え方をそのまま認めて大切にする、そんなやさしさをフィリピン人は持っています。
お年寄りや小さい子なんかにとっても優しかったり、障害を持った人にもごく自然に接しています。
こういうところがよいところだと思いますね。

それにしても、17歳の女の子となるともうすっかり大人の女性ですね。
お父さんとしては、話しかけることもできません。
『いらっしゃい。よく来たね。』くらいでおしまいですね。
もっとも、娘の同級生に異様に興味を持つのも大問題だと思いますけど。。。

さて、昔の話をしましょう。

ボエンディアの裏にジュピターという通りがあります。
大使館が今のところに自前のビルを作る前までは、ボエンディアとジュピターの両方に面したビルの2階に間借りをしていました。
それはさておいて、このジュピターのさらに裏側に大きな墓地がありました。
この墓地の反対側の通りに、インターナショナルスクールがあったのです。
インターナショナルスクールをもう少し奥のほうにいくと、マカティでも治安があまりよくないところにぶち当たります。
インターナショナルスクールも今はボニファシオに移転しました。
最近では、このあたりはコリアンタウンと化してしまっています。

さて、ここに日本人の奥さんたちの間で人気の革製品の加工やさんがありました。
かばんとか靴とかベルトなど、皮でできたものなら何でもオーダーメイドができます。
しかも、とっても安いのです。
良く、ホールインワンの記念のボール入れをここで頼んで作ってもらう人がいたものでした。

同期のジミーの家の運転手だった、私のおくさんのお姉さんのだんなの弟(長っ!!)が、運転手を辞めた後の話です。
後任の運転手はすぐに見つかりました。
会社の運転手の紹介です。
背の小さな、気の弱そうなまだ若い子で、ファミリードライバーにはちょうど良い感じの運転手でした。

ある日、ジミーのおくさんが子供と二人で、この革製品の加工やにいきました。
中で、30分くらい過ごした後、外に出てみると車がありません。
しばらくまっていましたが、一向に帰ってくる気配もありません。
ちょうど午後の3時ころだったと思います。
いつまでもまっているわけにも行きませんので、革製品の加工やさんにとって返して、会社のジミーのところに電話をしました。
『車がどっかに行っちゃったんだけど・・・』
場所を聞いてすぐに会社の車を向かわせました。
ジミーの奥さんはこの車に乗って家に帰っていきました。

それにしても、運転手と車はどうしてしまったんでしょう?
ちょっと心配ですよね。
・・・というところで、明日に続きます。



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2008年05月22日

華麗なる転身?!

更新が遅くなってしまいました。

午前中、出かける前に更新するのを日課としていたのですが、今朝は思い出話がすんなり浮かんできませんでした。
そうこうしているうちに時間切れ。
時々、こんな日があります。
続き物を書いているうちは良いのですが、いったん完結すると次のネタを思い出すのが大変です。
とはいえ、まだまだネタはありますので、ご安心ください。
どれから書こうか悩んでいるというところでしょうか?

前ぶりはこのくらいにして昔の話をしましょう。

OO電気の工事より少し前の話です。
わが社を現地法人と支店の二つに分けたという話をしたと思います。
私は、最初のうちは両方見ていたのですが、工事が増えてきて手が回らなくなってきました。
そこで、支店のほうに新しい事務屋さんを派遣してもらうことになったのです。

白羽の矢が当たったのがなんと私と同期入社。
入社後の研修で同室だったやつです。
年は私よりも3つくらい上でした。
確か大学に入るのに2年浪人をして、大学を卒業するのに5年かかったんだったと思います。
ちなみに私は、大学はストレートで入学できたのですが、卒業に5年かかりました。
まともに大学に行っていなかったので、出席が必要な語学の単位が取れずにドイツ語と英語の単位をとるためだけに大学に通っていたのです。
先に卒業した仲のよかった同級生が私より1年早くわが社に入社していました。
彼の場合は、高校のハンドボール部の後輩が1年早くわが社に入社していたのです。
私の同級生と彼の後輩が1年先輩の同期。
複雑なようなそうでもないような関係でした。

赴任してきた彼に、ジミーという名前を付けてあげました。
ジミーと呼んでいたのは私だけかもしれません。
なぜかというと、地味だったのです。
印象が・・・。

同期のジミーは、すでに妻帯者でした。
女の子がひとりいたと思います。
赴任して最初の3ヶ月くらいは一人でいましたが、マニラに慣れてきてから家族を呼び寄せました。
もともとそういう約束だったのです。

家族が来ると、自家用車が必要になります。
今でもそうですが、マニラというところは車がないとどこにもいけません。
タクシーになど乗られて事故にでもあったら大変なことになります。
ましてやバスやジープなど・・・私でもめったに乗りません。

自家用車には運転手が必要です。
ファミリードラーバーというやつです。
ジミーも車を購入して、ドライバーを探していました。

ちょうど、おくさんのお姉さんのだんなさんの弟が大学を出て仕事がなくて困っていました。
『運転手でも何でもやるから仕事を探してほしい。』と頼まれていたので、ジミーに紹介しました。
さっそく、面接です。
面接の結果は悪くなかったようで、次の日から勤務を開始しました。
なんといっても大学をちゃんと卒業していたので、英語が理解できます。
ジミーやそのおくさん(日本人です)のつたない英語でもちゃんと理解できたのです。

フィリピン人は英語を話せるといわれますが、ドライバーくらいになるとかなり怪しくなります。
理解しているようなふりをしているといった感じでしょうか?
それでも、雇うほうも似たようなものですので、なんとなくコミュニケーションが取れているというケースはよく見かけられます。
その頃というのは、フィリピン経済がどん底で仕事にあぶれている人がたくさんいました。
大学を卒業して、資格を持っていても仕事がなくて、運転手をしているような人たちがたくさんいたのです。

話を戻しましょう。
この運転手、最初の2週間くらいはちゃんと働いていました。
私も気になっていたので、時々様子を聞いたりしていました。
ジミーも満足していたようです。
ところが、半月くらいたったとき、突然やめてしまいました。
やっぱり、運転手じゃつまらなかったのでしょう。
紹介した私にはいい迷惑です。

運転手を辞めた彼は、しばらく学校に通っていました。
警察官の学校です。
その後、つてをたどって国家捜査局(NBI)の臨時職員の仕事にありつきました。
今では、だいぶえらくなったようでインターポールの仕事をしています。
日本の警察庁から派遣された人の面倒を見たりもしているようです。
もともとそのくらいの能力はあったんですね。
今でも、時々我が家に遊びに来ます。
でも、運転手をしていたことは黙っていてあげていますよ。
(-^〇^-) ハハハハ



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2008年05月21日

巨大なかに『アリマンゴ』の逆襲!!

昨日は久しぶりに遅くまで仕事をしてしまいました。

お客さんのオフィスです。
年に2〜3回はここで遅くまで仕事をする羽目になります。
久しぶりだったのですが、前のときと違っていたのはビルが全面禁煙になってしまったこと。
以前までは、タバコをふかしながら仕事をしていたのですが、昨日はそういうわけにはいきません。
おかげで、タバコの消費量が少なかったのですが、いらっとしていたようで、お客さんがずいぶん気を使ってくれていました。
お客さんの準備不足のせいで、遅くなってしまったという面が大きかったので、申し訳ないと思ってくれていたのでしょう。
何も出ませんでしたけど・・・・。
(-^〇^-) ハハハハ

さて、昔の話です。

OO電気の工事担当老人が帰ってしまいました。
向こうも契約だったようです。
代わりに担当になったのは、以前からいらっしゃる部品の製造を担当している日本人でした。
老人と違って、無理なことはおっしゃいません。
ごくごく常識的(?)な人でした。

ある日のことです。
工事の打ち合わせに右手の指に大きな包帯をして現れました。
ちょうど、ご家族が日本から遊びに来て帰ったばかり。
『どうしたのですか?』と聞きますと、
『かにに挟まれた!』といいます。

アリマンゴというかにをご存知でしょうか?
甲羅が20センチくらいあるやつで、はさみが恐ろしくでかいかにです。

その頃、マカティアベニューの奥のほうにシーフードマーケットというレストランがありました。
このレストランは、チャイニーズの経営するレストランで、入ったところに新鮮な食材が並んでいます。
この食材から好きなものを選んで料理方法を指定するとその場で料理してくれるというシステムです。
明るい店内で、清潔な感じのする大きなお店で、私もよく使っていました。
いつの間にかつぶれてしまいましたが、同じ方式のレストランはいくつかあります。

そこでご家族と食事をしました。
食材を選んでいるときに、奥様がアリマンゴをものめずらしそうにつついていたそうです。
突然、悲鳴を上げました。
指を挟まれてしまったそうです。
ご主人が奥様の指を挟んでいるアリマンゴのはさみをこじ開けようとして、大奮闘。
無事に奥様の指は外れましたが、今度は本人が挟まれてしまったというわけです。
アリマンゴのはさみは巨大で、すごく力が強いのです。
あっという間に人だかりができて、レストランの中は大騒ぎになってしまいました。

はずそうと思ってもそう簡単に外れるものではありません。
何人かのお客さんが助けに来てくれましたが、ご主人が挟まれているのを見ていますので、おっかなびっくりです。

そのうち、一人がやってきて、『こうすればいいんだ!』といって、はさみの根元をライターであぶりました。
熱さに驚いたアリマンゴはやってはさみを開きました。
こうして、ご主人は無事に救出されたのです。
食事どころの騒ぎではありません。
すぐに奥様と二人で病院に・・・。
幸い、骨には別状はありませんでした。

生きたかにには、気をつけましょう。。。
はさまれたときには根元を火であぶることを忘れずに。。。
すぐに離しますよ。
(-^〇^-) ハハハハ



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2008年05月20日

なぞの老人 〜その3〜

カブヤオというところにある銀行が強盗に教われました。
先週の話です。

朝の8時頃、開店準備をしていた銀行の裏口から侵入して、行内にいた銀行員全員を射殺、お金を取って逃げたそうです。
開店時間になってもシャッターが開かないのを不審に思った利用者が通報、警察がシャッターを開けて中を見たら射殺された人たちが倒れていました。
亡くなったのは全部で10人。

私の20年を超えるフィリピン経験でもこんな事件は初めてです。
銀行強盗はよくあります。
普通は殺人まではしません。
犯罪が凶悪になってきました。
それだけ、貧困の度合いがすすんでいるということでしょうか?

・・・・などということを思っていたら、今朝の新聞でカランバの民家が銃で襲われたという記事が載っていました。
こっちは、お金などもっていそうにない感じです。
何があったんでしょう?

銀行強盗のあったカブヤオとは隣町に当たります。
たぶん、この二つの事件はまったく関係がないんだと思いますけど、無差別殺人がはやるのはいただけません。
キリスト教のヒューマニズムはどこかに行ってしまったんでしょうか?
いやな感じですね・・・。

さて、昔の話に戻りましょう。

契約終了の連絡を受けたなぞの老人、かなりショックを受けていました。
というところまで昨日書きました。
そして、驚くべき行動に出たのです。
誰も気がつきませんでした。

あろうことにその夜、OO社の担当老人の家に押しかけたのです。
すごい勢いだったようです。
『お前のせいで、俺はクビになった!』
というような話だったようでした。
もちろん、担当老人には何のことだかわかりません。
第一、なぞの老人が派遣会社の人だということすら知らされていなかったのです。
お客さんに担当者が派遣会社の人間だなどと口を避けてもいえませんよね。
勘違いもはなはだしい限りです。

次の日の朝一番で、担当老人からおおぼけ部長に抗議の電話がありました。
おおぼけ部長、平謝りです。
『怖かった・・・・。』
『殺されるかと思った・・・。』
ともらしたそうですから、本当に怖かったのでしょう。
しばらくすると、日本に帰ってしまいました。
こんな相手に付き合っていられないと思ったのに違いありません。

所長が、先方の社長に事情を話して謝罪にいきました。
どうやら、先方の社長もこの担当老人の日ごろの行いに手を焼いていたようで、特にお咎めはありませんでした。
プライベートな問題ということで片付けてくれたのです。

こうして、なぞの老人はわが社を去っていきました。
日本に帰ったとみんな思っていたのですが、そうではなかったのです。
この続きは、またの機会に書くことがあるかもしれません。
とりあえず、このシリーズはこれでおしまいです。

なぞの老人と私の付き合いは、私がこの会社を辞めてからも続いたのでした。
・・・悪い人じゃなかったんですけどね。
(-^〇^-) ハハハハ



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2008年05月19日

なぞの老人 〜その2〜

昨日、練習場行ってきました。
3時間くらいだったでしょうか?
時折、横殴りの雨が降ってくるような天気でしたが、練習場は屋根があるのでOKです。
暑くなくてかえって良かったかも・・・。

子供たちは、いつも教えてもらっているプロがいなかったので寂しそうでした。
お金取るので(当たり前ですけど・・・)お父さんとしては、ほっとしました。

今月は、子供たちの授業料の支払いなんかがあってふところが寂しいのです。
最近は、フィリピンの景気が悪く仲間もみんな大変なようです。
『次に首くくるのは、俺だ!』
みたいなことを言う人ばかりです。
大統領が変わってくれないとどうにもならないような気がします。

気を取り直して、昔の話をしましょう。
タイトルが長いので変更しました。
ご了解ください。
って、誰に向かっていってるのか?
(-^〇^-) ハハハハ

OO電機の設計と仕様書を作っていたのは、事務所のすぐそばにあった現地の大手の設計事務所でした。
おおぼけ部長の指示を受けて、設計事務所と打ち合わせをするのがなぞの老人の最初のうちの仕事です。
その設計事務所のスタッフになぞの老人がフィリピン大学で教えていたときの学生がいました。
・・・となぞの老人は言っていました。
本当のところはよくわかりません。

設計事務所とは仲良くやっていたようですが、おおぼけ部長とはどうもそりが合いません。

さて、着工となったとき、OO電気は日本から担当者を派遣して来ました。
工場建設のベテランで、定年になってからこの工事のためだけにやってきたような感じの人でした。
・・・本当のところはよくわかりません。

おおぼけ部長は、この担当者が苦手でした。
こっちもおじいさんで、時々わけのわからないことを言い出します。
そういうわけで、この担当爺さんの相手が、なぞの老人の新しい仕事になったのです。
年のころも似たようなものですし、なぞの老人の語る思い出話はなかなか話としては面白いものでしたので、最初のうちは二人とも仲良くしていたようでした。

そんな日々を送っているうちになぞの老人の契約期間が迫ってきました。
とりあえず、3ヶ月という契約だったのです。
3ヶ月の間に様子を見て、もしわが社で必要であれば再度契約を結ぶという約束になっていました。
再契約のときには、派遣会社を経由せずに、本人と直接契約することになっていたのです。

所長がおおぼけ部長を呼んで、二人で部屋の中で相談です。
『そろそろ、なぞの老人をどうするのか結論を出さなきゃいけないんだけど、君はどう思う?』
おおぼけ部長に質問です。
『英語もあまり上手だとは思えないし、技術的にも期待したほどのものはありません。必要ないと思います。』
おおぼけ部長が出した結論です。
『本当にいいんだな???』
所長が念を押しました。
『問題ありません。』
おおぼけ部長が答えます。
こうしてなぞの老人の契約終了が決まったわけです。

契約期間の終了と契約延長をしないというお話は、派遣会社を通じて本人に伝えられました。
なぞの老人は、自分はわが社に必要で大事な仕事を任せられていると思っていました。
当然、OO電気の工事が完了するくらいまでは働けるものと思い込んでいたようです。
それが、突然の契約終了の話でしたので、本人はショックを受けたようです。

長くなってきました。
つづきます。。。



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2008年05月18日

OO電気の工事で採用したなぞの老人 〜その1〜

台風一過!!!

良い天気になりました。
昨日は、台風のおかげで予定していた釣りもキャンセル。
ゴルフも行かなくて正解でした。
土砂降りの雨でした。

今日もダメだろうな・・・と思って予定を入れなかったのですが、良い天気になりました。
風がまだ強いので、ゴルフもやめて正解だったかも・・・。
ひどいスコアになっていたのに違いありません。
子供たちと練習場に行く約束をしたので、後で行ってきます。
下の子がまだ寝ています。
もう、お昼回ったのに・・・・。

さて、昔の話をしましょう。

OO電気の工事を獲得した頃、たまたま会社のOO周年記念で、メッセージ入りの名簿を作りました。
社員全員のメッセージを募集したのです。
『ニコチンとカフェインが私の友達』というようなことを書いたような記憶があります。

さて、OO電気の工事所長には、ウォークマンを出したおおぼけ部長が当たることになりました。
この人、まったく英語ができません。
日本はバブルの真っ最中、新しく社員を送るのもままなりません。
大型工事でしたので、おおぼけ部長の補佐に副所長が一人。
残念ながら、この人も英語はほとんどダメです。
建築職の人で、海外勤務の経験がある方はほとんどいなかったのです。

そんなわけで、派遣会社から人材を採用することになりました。
『いい人が見つかったよ。』と本社から連絡を受けました。
大手の建設会社に派遣で設計などをやっていた人です。
ハワイ育ちで、アメリカの大学を卒業。
フィリピンでの勤務経験あり。
英語はぜんぜん問題がないという触れ込みでした。
年は、だいぶ行っていました。
その頃すでに60近かったと思います。

アヤラどおりにある長期滞在者向けホテルを予約しました。
空港に迎えにいって、事務所にお連れしました。
お会いするなり、
『ニコチンとカフェインですか?
私もそうなんです。アルコールがダメで・・・・』
とおっしゃいました。
赴任に当たって、例の記念名簿を読んだようです。

変わった人でした。
経歴もなぞの多い人で、姿格好もダンディーなジェントルマンでした。
『なぞの老人』と呼ぶことにします。

なぞの老人は、以前CIAに勤務していたことがあるそうです。
朝鮮戦争にも従軍していました。
マルコスの時代には、CIAの工作要員としてフィリピン大学の教授職についていたといいます。
その頃の教え子たちが独立して建設会社をやっている人たちがたくさんいます。
どこまでが、本当なのかまったくわかりません。
ゆえに『なぞの老人』なのです。

赴任してしばらく、おおぼけ部長はなぞの老人に対して、何をしてもらえばよいのかよくわかっていませんでした。
実際に工事のほうもまだ始まったばかりで、特に問題もなかったのです。
そこで、OO電気との間の契約やスペック(仕様書)の日本語訳をお願いしました。
スペックは、ローカルの設計事務所が作成していましたし、フィリピンの契約ですので全部英語です。
翻訳という作業は、実は大変な作業です。
専門的な勉強をしてこなければなかなかできるものではありません。
英語ができない人ほど、英語ができる人は簡単に翻訳くらいできると考えがちですが、そんなに生易しいものではないのです。

なぞの老人もおおぼけ部長の宿題に頭を悩ませていました。
ある日、少し中身を見たら・・・???・・・ぜんぜん日本語になっていません。
本当にハワイ育ちなのでしょうか?
それとも日本があまり得意じゃないのかも??
そんな感じの文章でした。

長くなってきました。
続きはまた今度にします。



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2008年05月16日

根拠も何もないけど・・・

今日は雨が降っています。
台風が近づいているとのことです。

本当でしたら、明日釣りに行くはずだったのですが、さっき電話をしてキャンセルしました。
台風が近づいているとすぐに海は荒れてしまいます。
波が高いと釣れません。
今頃は、仕掛けを作っているはずだったのですが・・・。

さて、昔の話をしましょう。

昨日の続きです。
ほかの会社のテープレコーダーを持ち込んだことは決定的な減点にはならなかったようです。
何とかこの工事を獲得することができました。
いろんな許可を取得して、地鎮祭も無事完了しました。
工事のほうも基礎工事に取り掛かって、順調にすすんでいました。

そんなある日のことです。
所長のところにお客さんの社長から一本の電話がありました。
『お会いしたい。』というのです。
しかも、こちらの事務所にわざわざやってくるといいます。
いやな予感がしました。
だいたいお客さんがわが社にやってくるというのは、ろくなことじゃありません。
『お待ちしています。』と電話を切りました。

約束の日、先方の社長が一人でやってきて、所長室に入っていきました。
なんだか頭を下げています。

こんな話でした。
『今度日本から弊社の社長がフィリピンの工事を視察することになりました。
ついては、御社に何の落ち度もなくて、お願いに何の根拠もないことは重々承知していますが、お土産ということで値引きをしてもらえないだろうか?』
『・・・・・・・・・・・・』
絶句です。

面と向かって、こういう値引きの交渉は初めてでした。
というか、後にも先にもこのときだけです。
さすが、天下のOO電気、こうやって下請けをいじめていたんでしょうね。

いずれにしても、こんなお願いをされたら断るわけにはいきません。
結局、値引きです。
こうじゃないと儲からないんですかね?!
(-^〇^-) ハハハハ



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2008年05月15日

ウォークマンですか・・・

夕べ、遅くまで仕事をしてしまいました。
ちょっとお客からの問い合わせ。
おととい、出かけていたところに日本からわざわざ電話があって、『メールを送ったので、あさっての会議で議題にしたいので、間に合うようにお願いしたい。』といわれてしまいました。
簡単な内容ですから・・・といっていたのですが、メールを開けてみたらそうでもありません。
結局、送信できたのが今朝の1時を回っていました。
そんなわけで、眠くてたまりません。。。
ちょっと前まではこんなことなかったのに、やっぱり年なんでしょうか?

さて、昔の話でもしましょうか。。。

ラグナテクノパークの入り口のところに有名な家電の会社が土地を購入しました。
日本の人なら誰でも知っている会社です。
こう書いてしまうともう知ってる人ならピンと来るでしょう。
気がついても心の中にしまっておいてくださいね。

そこの工事の話です。
入札がおこなわれました。
招待されたのは、日系の建設会社が数社とローカルの会社もあったように思います。
古い工場で、各社個別に説明会がありました。
所長を筆頭に、私、建築部長、見積もり担当者(日本から出張です)、など総勢5名くらいで参加したように思います。
非常に知名度の高い会社で、しかも大型案件でしたので、わが社も力の入れようが違っていました。
OO電気とでもしておきましょう。

説明会の席上です。
いつもおおぼけをかます建築部長が、『大切な会議ですので録音させていただいてもよろしいでしょうか?』と言い出しました。
テープレコーダーを持っていっていたのです。
普段の彼の行いからは、考えられない行いです。
OX社のギャンブル大好き部長から、散々言われてしまっていたので少しは反省していたのでしょう。
建築部長なりにこの会議の重要性を認識していたようです。
先方の『どうぞ』という承諾の言葉をいただいて、
『それでは失礼します。』
といってテープレコーダーを取り出しました。

なんと、出てきたのはSONYのウォークマン。
・・・・・沈黙・・・・・
われわれ一同、みんな凍り付いてしまいました。

ライバル会社の製品なのです。
OO電気も当然ながら、同じような製品を販売しています。
おおぼけ建築部長は、得意げにスイッチを入れて、
『では、お願いします。』
などといっています。
相手の担当者も気づいたはずですが、見て見ぬふりをしてくれました。

無事に説明会が終わって、事務所に戻ったあと、所長がおおぼけ建築部長を所長室に招き入れました。
所長の怒鳴り声が聞こえてきました。

『お前、どういうつもりだ。』
『工事が取れなかったら、お前のせいだからな。』
・・・まだ、わかっていません。
『何か、問題ありましたか?』
てんねんボケにもほどがあります。

『OO電気の入札にソニーのテープレコーダーもって行くやつがあるかっ!』

やっと気がつきました。
普段慣れないことをするもんじゃありませんね。
そこまで気が回っていなかったのです。

(-^〇^-) ハハハハ



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2008年05月14日

工業団地開発のなかで

歯医者、行ってきました。
9時半にいって終わったのが1時半。
4時間の荒行です。

何とか歯のビルトアップができたのですが、まだ心もとありません。
すぐに取れそうです。
そのうち、ほかの歯も逝くだろうから、そうしたら総入歯だなって・・・、歯医者さんも厳しいことをおっしゃる。
長い間、歯医者を避けてきた報いですね。
仕方がありません。
でも、フィリピンで歯医者って、勇気がいりますよね。
すぐに命にかかわる病気じゃないばっかりに・・・。

さて、昔の話をしましょう。

OX社の工事が終わってしばらくたった頃のことです。
日本の商社がいっせいに工業団地の開発に着手しました。
一番最初に始めたのがO紅、ダスマリニアスカビテにファーストカビテ工業団地の開発です。
ほどなく着手したのがO菱商事、ラグナのサンタロサにラグナテクノパークの開発です。
それまで、工業団地といえば政府直轄のEPZAしかありませんでした。
EPZAは全国に4箇所。
北から、バギオ、バタアン、カビテ、セブです。
セブのマクタン島のEPZAが一番新しい工業団地でした。

O紅は、政府系の土地公社との合弁です。
一方、O菱商事は、関係の深かったフィリピンのアヤラグループとの合弁でした。
アヤラグループというのは、マカティの開発をおこなったスペイン系のフィリピンでも1、2を競う大財閥です。
スタートは、O紅のほうがずいぶん早かったのですが、完成したのはラグナテクノパークのほうが先でした。
これが自堕落な政府系公社と、勢いのある民間大財閥の差だと思います。
O紅の担当者がずいぶん愚痴をこぼしていたのを思い出しました。
つまらない書類にサインをもらうだけでもずいぶん時間がかかったそうです。

余談ですが、この担当者ずいぶん変わった趣味の人でした。
まだ独身で、見るからに『体育会系!!』という感じの人です。
時々、絶食をします。
絶食が趣味なのです。
一回の絶食が3日くらい。
宿便とやらが出て、すっきり体調がよくなるのだそうです。
『一緒に絶食しましょう!』と何度か誘われましたが、丁重にお断りしました。
そんな趣味はありません。

さて、わが社の所長はその頃、合弁会社にたまっていたお金をどうするかで悩んでいました。
日本に送金できればよかったのですが、そのためには配当をしなければなりません。
海外部の部長がけちな人でしたので、配当にOKを出さなかったのです。
配当をすれば、当然パートナーにも配当金を支払うことになります。
何もしていないパートナーが配当金を受け取るということがこの人には許せなかったようです。
何もしていないことはありませんよね。
お金を出しているんです。
こういう人、日本の経営者には多いんですね。
出資者を無視した経営思想なのです。
また余談になってしまいました。

そんなわけで、ファーストカビテの工業団地の一角を購入することになりました。
日本からの投資家が工場を建てるというときに、優位に立とうというのが主な狙いです。
一応、名目は建設危機の保管場ということにしました。
工業団地ですので、何を作るのかということを明確にしなければなりません。
この団地に入る投資家の工場建設と、将来土地を転売することが本当の目的だったのです。
O紅のほうも本当の狙いはわかっていました。
大人の対応だったのです。



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2008年05月12日

その頃の建設工事の実態

土日はいつものようにゴルフでした。
もう、すっかり雨季に入ってしまったようです。
毎晩スコールのような雨が降っていますし、ゴルフ場に吹く風も雨季の風に変わってきました。
これからはつりのシーズンです。
・・・遊んでばっかり??

金曜日の朝に、歯が行方不明になったお話をしました。
その後、朝ごはんを食べていたときに、部屋の掃除をしていたメイドの一人が、『おちてました』と歯を持ってきてくれた。
トイレの便座の脇においてあるキャビネットの下に落ちていたそうだ。
よかった・・・
早速きちんと洗って装着してみました。
思ったとおり、かなりゆるゆるになっています。
『ごほっ』と咳をしたとたんに歯が外れてしまいました。
今度はすぐにわかったのですが、朝は気がつかなかったんでしょう。
便座に座ったときに咳をして、そのときに外れてキャビネットの下へ・・・たぶんそんなところだと思います。

歯医者にいって、セメントで固めてもらっても2日と持ちません。
水曜日には、ポストを長くすることになっていますのでそれまで何とかごまかしです。
そこで、登場したのがポリデント。
ポリデントを歯の根っこのところにくっつけて装着。
けっこうしっかりくっついています。
ただ、毎日交換しないとすぐに落ちるようになってしまいます。
これはこれでなかなか面倒なものです。

さて、昔の話をしましょう。

その頃の建設工事というのはひどいものでした。
今の工事もそんなに変わらないと思います。

ある日系の工場の増築工事を頼まれたことがありました。
ついでに今ある工場の床も変更したいということでした。
それまでよりも大きな機械をすえつけることになったので、補強をしなければなりません。
床をはつり始めました。
はつるというのは、コンクリートをドリルで破壊することです。
(おかしいぞ?)
ドリルがすこっっ!と入っていってしまいます。
図面を見るとそこには縦横に鉄筋が入っていることになっています。
ところが、鉄筋があるはずのところにもドリルがすこっと入ってしまうのです。

工場の社長に断って、全部床をはいで見ることにしました。
なんと!驚いたことに鉄筋が一本も入っていませんでした。
ひどい話です。
発注したほうも『何を見ていたんだ?』ということになりますよね。
社長が、『工事の責任者もまだここにいるので、見なかったことにしてやり直してくれ』といってきました。
こんなひどい手抜き工事がまかり通っていたのです。

材料もひどいものでした。
まったく手に入らないというわけではありませんでしたが、扱っている会社が1社か2社しかないのです。
競争の原理が働きません。
言いなりの値段で買わざるを得ないのです。
しかも品質はお世辞にもよいとはいえないのです。

ある工場の配管の工事を請け負ったときのことです。
すべての配管を終わって、試験をするという段になり、水を流しました。
配管のジョイントの部分からいっせいに水が噴出したのです。
原因はパイプのねじきり。
いい加減なもので水が漏るのです。
これ以来わが社では、パイプは別途ねじきりをすることにしました。
タイルなどもたてに積み上げると角がでこぼこになります。
規格どおりに出来上がっていないのです。
机ですら2つ並べると高さに段差が出ます。

こんな状況で品質を保った施工をするというのは並大抵のことではありませんでした。
しかも、お金がない上に計画性がないものですから、工事のダウンペイメント(前金)を支払ったとたんに社長がベンツを買ったり、海外旅行に行ったきり帰って来なかったりと無茶苦茶です。
工事はスケジュールどおりに出来上がったためしがありません。
ひどいときには2年も3年も遅らせてしまって平気なのです。
ローカル業者はお金を持っていません。
50000ペソの支払いができないおかげで倒産するなどの話もざらにありました。
ちょうど、日本がバブルの頃ですので、この落差は想像もできないほどだったと思います。
そんなところに、わが社が決して安くない値段で工事を獲得できていた秘密があったのです。
(-^〇^-) ハハハハ



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2008年05月09日

損して得とれ・・・かな?

今朝のことです。

いつものようにコーヒーを飲んでタバコを一服。
PCのスイッチを入れて、朝のお勤め。
ここで、違和感があることに気がつきました。
そうです。
突っ込んでおいた歯がありません。

あわててベッドのなかを探しました。
枕をひっくり返したり、シーツをはがしたり、ベッドの下も見てみました。
みつかりません。
起きてからまだ2行(↑)しか動いていませんので、その後を丁寧に探しました。
やっぱりありません。

コーヒーを入れたときには、まだ歯がありました。
(気のせいかも・・・。起きたてで自信がありません。)
どうやらコーヒーと一緒に飲み込んでしまったようです。
そうでなければ、夕べ寝ているときに外れて飲み込んでしまったのかも・・・。

いろんなことが起きるものです。
来週の水曜日にやり直すことになっているので、それまでの辛抱ですね。
いずれにしても後では医者に電話しなきゃ・・・。
困ったものです。

さて、昔の話をしましょう。

ラグナのカランバというところに大きな日系の工場があります。
この工場がわが社のフィリピンにおける建設工事の第一号でした。
1985年のことですので、まだ私が赴任する前のことです。
自動車部品の製造工場です。

OX社の工事が一段落した頃、この工場から30分くらい南に行ったところに同じ部品を作る会社が工場を建てたいという話が舞い込んできました。
日系の商社の紹介です。
現地を見に行って担当者と打ち合わせを行い、基本設計、見積もりと順調に契約までの道筋をたどっていました。

そんなある日、カランバの日系工場の社長からわが社の所長宛に電話がありました。
『すぐに会いたい。』というのです。
『わかりました。何時にお伺いしましょうか?』
というと、なんとわが社の事務所に来るといいます。
普段は呼びつけることはあってもなかなか自分で足を運ぶことはしない人です。
並々ならぬものを感じました。
『お待ちしています。』

しばらくして、社長が事務所にやってきました。
開口一番、
『こんな悔しい思いをしたのは初めてだ。』
『所長、あそこの工場建設受けるのか?』
といいます。
うかつなことはいえません。
怒りの火に油を注ぐことになりかねません。

『どうかしたんですか?』
お尋ねすると話し始めました。
同業の部品会社、工場建設に先がけて従業員の募集をしたそうです。
応募してきた採用者の中に、社長の会社の人間がたくさんいたようです。
しかも、この部品会社、社長のところに一切断りもいれずに採用を決めてしまいました。
同じ日本人の会社で、しかも同じ部品を製造しているわけですから従業員を引き抜くようなまねをしてはいけません。
場所だって30分くらいしか離れていないわけです。
『それはないだろう。』ということで抗議の電話を入れたそうです。
すると、先方の社長に『私はそうは思わない。』というにべもない返事を返されてしまったそうです。
従業員が辞めてまできたいというのは御社に問題があるんじゃないかとまで言われたそうです。
ひどい話ですよね。

フィリピンで働いたことがある人ならわかっていると思いますが、こちらの人は転職をキャリアアップの機会と考えています。
ひとつの会社に長くいることは能力がないからだというような発想です。
だからこそ、日本人同士従業員の移動について十分考えなきゃいけないというのが社長の考え方でした。
『最近、仁義を知らない人が多くて困る。』と憤慨していました。

最後に一言、
『所長、あそこの工事請けるんじゃないでしょうね?』
・・・・・・・・・・

社長がお帰りになった後、所長に呼ばれました。
『どうする?これじゃ請けるわけにいかんだろう?!』
といいます。
『そうですよね。どうしましょうか?』と私。
『どこかに頼むか?』
『そうですね。それしかありませんね・・・。』

翌日、普段から仲のよい同業の会社に連絡を入れました。
事情を話して、工事を請けてくれるようにお願いをしたのです。
もちろん、先方に断る理由は何もありません。
こうして、工場の建設工事を一件ふいにしてしまいました。

もちろん、社長がこのあと工事をわが社に優先的に発注してくれたことは言うまでもありません。
『損して得とれ』ですかね?
(-^〇^-) ハハハハ



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2008年05月07日

ビルのオーナーのドイツ人

また歯が取れてしまいました。
歯医者にいってセメントで固めてもらっても3日と持ちません。
今度、歯医者がポストを長くすると言っていますので、それまでの辛抱と言うところでしょうか。

来週の水曜日に予約が入っています。
痛みがないので、それほど深刻ではありませんが、前歯が取れちゃうとみっともありません。
取れたら、突っ込んでおけと言われていますので、ポリデントをつけて突っ込んであります。
はずしておくと両側の歯がよってきてしまって、歯が入らなくなるそうです。
難儀だ・・・。

さて、昔の話です。

OX社から、マカティに事務所を借りたいので場所を探してほしいと言う依頼を受けました。
工場の工事が終わった頃だったと思います。

当時、カビテやラグナに工場を建てた会社がそれ以外にマカティに事務所を置くことが一般的でした。
その頃のカビテやラグナというのは、ひどい田舎でした。
ちょっとした工具を買うのにもチャイナタウンまで行かないと買えないなどという事がありました。
また、通信事情がひどかったのです。
新しく工場を建てて、電話を引こうと思ったら大変な思いをしたのです。
そんなわけで、マカティに連絡事務所を置くのです。
今では考えられませんね。

OX社の場合は連絡事務所と同時に設計の部署をおく計画です。
フィリピン人の設計やコンピューターを使う能力を高く評価しており、設計の拠点にしようと思ったのです。
250〜400m2の事務所がご希望でした。

いろいろと探していたら、ちょうどその頃の事務所の裏によさそうな物件がありました。
7階建てのビルで、オーナーはドイツ人。
ちょうど4階を借りていた会社が契約が切れて出て行くというので、見せていただきました。
中はついたてで細かく区切ってあります。
きまじめ工場長にも見てもらいました。
気に入ったようです。

『交渉を進めてほしい。』と言うので、オーナーのドイツ人と何度か会うことになりました。
オーナーは、事務所ビルのペントハウスに住んでいました。
中に入ると、広いリビングルームがあり、ど真ん中に大きな水槽がありました。
水槽の中では、熱帯魚が泳いでいます。
リビングルームの奥には、ホームバーがあって、高級洋酒が並んでいました。
なかなか贅沢な暮らしをしていたのです。
独身のようでした。
時々、若いフィリピン女性も出入りしていたのです。
どういうわけでマカティに事務所ビルを持っているのかはよくわかりません。
ヨーロッパ人の年齢ってよくわかりませんよね。
たぶん、私が思っていたよりもずっと若かったのかもしれません。

このドイツ人が私のことを気に入ってくれたようで、いろいろな話をしてくれました。
ビジネスパートナーというオーストリア人とも会いました。
このオーストリア人と一緒にプラスチックの成型会社を経営していたのです。
さらに都市型リゾートのコンドミニアムを購入して、
『日本人向けにパンフレットの翻訳をしてほしい。』
と頼まれて翻訳をしてあげたこともありました。

OX社がここを借りて、しばらくの間は時々遊びに行っていたのですが私が会社をやめてから縁遠くなってしまいました。
このビルは今でもあります。
名前が変わっていないので、今でもあのドイツ人が所有しているのだろうと思います。
今頃どうしているんでしょうね?!



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2008年05月06日

真夜中にコンドミでドラムをたたく社長 〜その2〜

昨日の夜、すごい雨が降りました。
どしゃ降りです。
まさにスコールといった感じ。
今朝はすっきりと晴れています。
もう雨季に入ってしまったんでしょうか?!
変な陽気ですね。

これも地球温暖化の影響なのでしょうか?

今年は、まだ海に行っていません。
夏休みなのにどこにも連れて行ってもらえない子供たち、かわいそうですね。
少し考えてあげなきゃ・・・。

夏が終わってしまいます。。。

さて、昨日の続きです。

真夜中にドラムをたたく社長、本社の専務で帰国しました。
その後、新聞発表で本社の社長になったということがわかりました。
『よかったね。実力のある人だから、さすがだね。』などと所長が行っていました。
そんなある日のことです。

日曜日に買い物をしていた所長がデパートでばったりこの社長にあったそうです。
『どうしたんですか?日本では・・・?』
とお聞きしたら、
『このまえからフィリピンに戻ってきています。また遊んでくださいね。』
との答えが返ってきました。
どこかで代表の逆鱗に触れてしまったようです。
偉くなればなるほど、逆鱗に触れる機会が増えるので、ある意味仕方がないのかもしれません。
なぜ逆鱗に触れてしまったのかは、知る由もないのですが、この社長、先日からフィリピンに逆戻りです。

しかも・・・
夜勤です。

『お前は、フィリピンで夜勤でもしていろ!』
と直接言われてしまったようです。
代表とは長い付き合いのこの社長、あきらめて夜勤をしていました。

『また遊んでください。』といわれた所長、早速マージャンをセットしました。
とにかく、お金は持っている人です。
電子部品製造会社は、できたばかりの時期にボーナスを払うことができずに株で払ったことが何年かあったそうです。
その後、上場を果たし、株式はすごい値段をつけていました。
おりしも、バブルの頃、資産は億の単位になっていたのです。
インフレマージャンの始まりです。

『勝負』などといって、札束をテーブルに置くのです。
受けてたつ人が同じ額の札束をテーブルに置きます。
勝ったほうがとるというわけで、点数よりもそっちのほうが何倍もでかいのでした。
とにかくマージャンが大好きだったのです。

『土曜日の夜いかがですか?』
という問いに、返ってきた答えは、
『土曜日は仕事なので、10時頃にはいける。それまでメンバーを探してやってて!』
というものでした。
まじめに夜勤を勤めていたのです。

いろんな会社があるものですね。
(-^〇^-) ハハハハ



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2008年05月04日

真夜中にコンドミでドラムをたたく社長

今日はゴルフでした。
場所はカンルーバン。
お客さんの会社のコンペに参加しました。

今日は、コンペが重なっていたようでゴルフ場は大変混んでいました。
6時15分にはゴルフ場につきましたのでそんなに遅くなったわけではありません。
それなのに、ロッカールームに行ったら貸しロッカーがすでにありません。
仕方がないので、メンバーのロッカーを使わせていただきました。

さらに、キャディ。
カンルーバンのキャディは普通は女性です。
なんと、今日私についたキャディは男性でした。
どうやらキャディも底をついてしまったようです。
たぶん、普段はゴルフ場のメンテナンスをしている男です。
ゴルフのことをまったく知りません。
グリーンがどっちに曲がるのかを聞いても、何も答えてくれないのです。
これには参りました。
孤独な戦いを強いられたというわけです。

おかげで、最初のハーフはぼろぼろでした。
後半、何とか気を取り直してそこそこの成績で上がることができました。
キャディの力って大きいですね。
特に普段あまり行かないゴルフ場では、グリーンがよくわかりません。
こんなときはキャディに頼るしかありません。
そのキャディがメンテナンスのおじさんでは・・・。
困ったものです。

さて、昔の話をしましょう。

昨日、ご紹介した尊敬する大先輩の会社、代表と呼ばれる人のオーナー会社でした。
この代表の逆鱗に触れると大変なことになってしまいます。
前に、ゴルフをしていて見送りにいけずにプロジェクトをはずされた社長の話を書きました。
今日は、そんな代表のもう一人の犠牲者のお話です。

この電子部品製造会社、順調に生産を伸ばしてきました。
そうなると、2交代にしようという話になります。
2交代は、午前6時から午後2時までと午後2時から午後10時までの2シフトです。
ここで代表の鶴の一声が出ました。
『現場でローカルの従業員が朝から働いているのだから、日本人の駐在員が工場が稼動している間、工場にいるのは当たり前だ!』というのです。
つまり朝の6時から夜の10時まで会社にいなさい、ということになります。
16時間勤務です。

その頃、夜10時を過ぎてまでご飯を食べることのできるレストランは数えるほどしかありませんでした。
ただこの会社のよいところは、厳しい勤務に見合っただけの給料がもらえるということでした。
なので、お金はたくさんあります。
時間がまったくないのです。
夜の10時にカラオケに行って、カラオケで女の子をからかいながら焼きそばを食べるというような日々が続いていました。
たまに休みができたりするとすごいものです。
香港まで日帰りで上海蟹を食べに行ってきたとか、箱根まで一泊で温泉につかりに行ってきたとかいう話がざらにありました。

電子部品製造会社は、一時会社を二つ作っていました。
ひとつの会社の社長は、一時プロジェクトからはずされた社長です。
もうひとつの会社の社長は本社の専務だった人でした。
豪快な人で、ドラムが大好きだったのです。
アヤラ通りにリッツタワーという高級コンドミニアムがあります。
この社長は、このコンドミニアムに尊敬する大先輩と一緒にしばらく住んでいました。
時々、お酒を飲んで帰ってくるとドラムをたたき出すそうです。
12時を回っていようがまったくお構いなしです。
大音量でたたくので同じ階や上下の階の住人はたまったものではありません。
当然、苦情を言ってきます。

メイドやセキュリティガードが、『うるさいのでやめてくれ』といってくるわけです。
社長がドラムをたたき始めると、大先輩はお金を持って入り口近くにスタンバイします。
文句を言ってきたメイドやセキュリティガードに片っ端からお金を上げるのです。
まさに、お金で片をつけるやり方ですね。
そんな会社だったのです。

迷惑な話ですね。(-^〇^-) ハハハハ



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2008年05月03日

尊敬する大先輩との出会い

いや〜まいりました。

昨日、突然停電です。
夜の10時ごろだったと思います。
外に出てみたら、停電しているのは我が家の周りだけです。
たぶん5〜6軒。
向かいの家の3軒隣のところに電柱があるのですが、その電柱に乗っているトランスフォーマーが壊れたようです。
3時頃に一回電気がついたのですが、その後また切れてしまいました。
夕べは暑くてたまりませんでした。

結局、回復したのは午後の3時頃。
そんなわけで、昨日は更新できませんでした。
それにしても、ここの電力会社の対応の悪いこと。。。
電気代高いのに、困ったものです。

さぁ、気を取り直して昔の話です。

私が、台湾にいって衛星アンテナをもってきたお話を前に書きました。
この会社に一人の日本人が赴任してきました。
総務担当の副社長です。
ちょうどクーデターの後でしたので、1990年頃のことだったと思います。
この人には、現在も公私を通じて大変お世話になっています。
もう18年のお付き合いになるのですね。
時の流れは速いものです。
この方は、おそらく今後もたびたび登場することになると思います。
名前をつけなければいけませんね。
今でもお付き合いのある方なので、なかなか名前がつけづらいので、とりあえず尊敬する大先輩とお呼びすることにします。

さて、この尊敬する大先輩、ちょっと変わった経歴の持ち主です。
東京のお坊ちゃま大学を卒業した後、一流商社に勤務していました。
お父上は、某有名大学の教授だったそうですが、ひどい酒乱でした。
その関係で、一切お酒を飲みません。
父親の酒乱に大変苦労したようで、自分にあの血が流れていると思うと怖くてお酒を飲む気になれないといっていました。

一流商社のカナダ勤務を終えて日本に帰って、フィリピンに勤務したいという理由でその商社を辞めて私が赴任するきっかけになった工場のある電子部品の会社に就職したそうです。
その頃、一流商社には赴任地のクラスわけがありました。
大先輩はカナダに次長として赴任していたくらいですので、商社の中でも出世コースです。
フィリピンはその商社にとってはどうでもいいような支店で、出世コースを歩んでいる社員が来るところではありません。
次の海外赴任希望地としてフィリピンを申請したところ、一笑に付されてしまったそうです。
むしろ、たしなめられてしまいました。
そこで、会社をやめてフィリピンにこれるところに転職したというわけです。

製造会社に入社したとたんにフィリピンでクーデターが起きました。
尊敬する大先輩は、東京で現地の情報をまとめる役目をしていたそうです。
それから半年もしないうちに、現地に赴任してきたというわけです。
その頃、わが社は電子部品会社とまだ取引がありました。
倉庫の増築工事を施工していたのです。
前任の総務担当副社長とも仲良くさせてもらっていました。
前任者が帰国が決まったということで、後任の尊敬する大先輩と一緒に歓送迎会をしたのが始めての出会いでした。
その席で、いきなり『どこかいい転職先があったら紹介してください。』と言われました。
まだ入社して半年もしていないのに、電子部品会社のやり方に疑問を感じて、長く勤めるところじゃないと思っていたようです。
『ひどいんですよ・・・』と前置きをしていろいろとお話をしてくれました。
ゴルフにいったがためにフィリピンのプロジェクトをはずされた社長の話など、このブログでも書いてきましたので、おおよその会社の様子は私たちもわかっていました。
そんなわけで、就職先を紹介してほしいといういきなりのお願いにも違和感を感じなかったことを覚えています。

それから、いろいろと仕事の関係で彼のオフィスを訪問することがありました。
どうしたわけか私のことをすごく気に入ってくれて、いろんなお話をしてくれました。
とてもお話の上手な方ですので、当時まだ若造だった私には勉強になることがたくさんありました。
機会を作ってはよくお邪魔したものです。

とりあえず、今日はこのくらいで。。。



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posted by マニラのおぢさん at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月02日

オニの職人軍団登場!!!

今日は、午前中のアポがキャンセルになりました。
先方の都合です。
ちょうど歯医者に行かなきゃいけなくなったので、午前中は歯医者に行ってきます。

午後にはラグナまで行かなければなりません。
いつもの調子では医者にやられると午後のアポに遅れそう。。。
なんとか時間通りに始まってほしいものです。
取れた歯をくっつけるだけなので、時間通りに始まってくれさえすればOKなんですけど・・・。

さて、昔の話をしましょう。。。

OX社の工事も終わりにさしかかってきました。
建屋はもうほとんど完成です。
工場ですので、製造の機械をすえつけなければなりません。
日本からの輸入です。

そんなある日、きまじめ工場長から電話がかかってきました。
『助けてほしい・・・』というのです。
製造機械の輸入通関業者が、機械をすえつけるときにひっくり返してしまったそうです。
輸入通関は、ローカルの業者に頼んだようです。
この業者、自信たっぷりに『任せなさい。』と胸を張ったそうですが、実際にやってきた陣容はお寒いばかりでした。
フォークリフトを1台持ってきただけです。
しかも、このフォークリフトでは容量が足りません。
何とかトラックから引き摺り下ろそうとして、『ガタン』とやってしまったというわけです。
精密機械なので、損傷は計り知れません。
生産のスケジュールにも影響が出てしまいます。
しかも、この業者ひっくり返した機械を正規の位置に戻すのに頭を抱えてしまっていたのです。
そんなところに頼んだのが悪いといえばそれまでなのですが、何よりもはやすすえつけなければなりません。
そこでわが社に助けを求めてきたというわけです。

わが社はもともと海洋土木の会社です。
作業船の船員さんたちやクレーンのオペレーターなどの特殊技術の職人さんたちを抱えていました。
ちょうど、その頃獲得した土木工事の関係で日本から職人さんが赴任したばかりでした。
この人は、マニラには何度も赴任しており、ローカルの技術者を鍛え上げていました。
鍛え方も半端じゃありません。
鉄筋棒を持って追い掛け回すのです。
フィリピンでは、殴ったり大声を出したりというのは従業員に対してやってはいけないとされていますが、この人はそんなことはお構いなしです。
殴る、蹴る、大声で怒鳴る・・・日常茶飯事でした。
オニ親父と恐れられていたのです。
その代わり、仕事の節目節目で職人たちを飲みに連れて行ったり、悩み事を親身になって相談を受けたり、身銭を切ってかわいがっていたのです。
要するに、日本の親方が職人を育てるやり方をそのままフィリピン人を相手にやっていたというわけです。

このオニ親父の登場です。
オニおやじが職人軍団を引き連れて現場にやってきました。
その日のうちにやぐらを組んで機械を所定の位置に戻してしまったのです。
たった半日でした。

これを見ていたOX社の人たち、
『ああじゃなくちゃいかん。』とひどく感心していました。

勘違いしてもらっては困ります。
このやり方は、10年以上ここで苦楽をともにしてきたお互いの信頼関係から生まれているのです。
こんなやり方を始めての相手にしようものなら、あっという間に病院送りにされてしまいます。
オニ親父は、全部自分でやって見せてからしかるのでした。
それだけの実力がないとできないのです。

きまじめ工場長は、こちらに長い人なので逆にこのやり方に驚いていました。
フィリピン人相手にそこまでやってもいいのか?という気持ちだったのに違いありません。
『次の便が着くときにはお願いしますね。』
『最初からお願いしておけばよかった・・・』
と反省しきりでした。

(-^〇^-) ハハハハ



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posted by マニラのおぢさん at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | おぢさんの昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

クリーンルーム

今日、5月1日はレーバーデーの休日でした。
昨日、ゴルフをしたので、今日は疲れていたようです。
ご飯を食べてテレビを見てひたすら寝るという一日だったのです。
たまにはこういう休日もよいかも・・・。
少し疲れがたまっているのかもしれません。
暑い日が続いていますから・・・。

そういえば、晩御飯の後テレビを見ていたら、遠くで雷の音が聞こえました。
雨にはならなかったのですが、衛星放送の画面が乱れていました。
そろそろ雨季に入るのでしょうか?
うっとおしい季節です。
普段の年は5月の後半から雨が降り始めるのですが、今年はどうなのでしょう?
少しリズムが崩れてきているような気がします。

さて、昔の話をしましょう。

OX社の工事にはクリーンルームというのがありました。
精密な電子部品を製造するには、ほこりは大敵です。
このほこりを押さえる部屋がクリーンルームです。
角にほこりがたまってしまわないように、部屋のコーナーを丸くします。
特殊なフィルターをつけた空調を使って部屋のほこりを除去します。

1キュービックフィートにほこりが何個あるかというのでクリーンルームのクラスが決まります。
OX社のそれはさほど厳しいものではなく、確かクラス10000だったと思います。

わが社は、建築工事は後発でしたので、こうした工場の経験がありませんでした。
もちろん、空調やクリーンルームというのはそれ専門の業者がいて、そのなかの一社が下請けとして協力してくれていました。
ですので、施工という面での不安はありません。
OX社の工事を受注してから、施工担当者が打ち合わせを兼ねて、OX社の本社工場に出張にいきました。
実際に工場の様子を見せてもらうということは設計や施工の上でも大事なことです。

その工場は九州にありました。
のどかな山間の土地で近くにきれいな川が流れていたそうです。
ちょうど工場見学に行ったとき、その川に沢蟹が異常発生しました。
工場の中にもぞろぞろ入り込んできていたのです。
クリーンルームの経験がなかったわが社の施工担当者は、初めてのこの工事に少しナーバスになっていました。
ところが、見学にいって沢蟹の大群に出くわしてしまったのです。
『こんなんでいいんですか?』と、思わず口にしてしまったそうです。
返ってきた答えは、『どうしようもないんですよ。』というものでした。

なんだかのどかなお話ですよね・・・。
(-^〇^-) ハハハハ



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